奴隷でも構わない。

 あの日、七星さんに無理矢理抱き潰された日から一週間が経ったが相変わらず私は学校に登校していた。


「あれだけヤられて、まだ登校して来るのヤバすぎw」

「ドMなんじゃね?w」

「確かに最後の方自分から腰振ってたしw」

「キモかったよね〜w」

「あ、でもあの牛乳がブルブル揺れてんのはちょっとエロかったかも」

「え〜なに、あんたそっち系?w」


 そして相変わらず私の席の周りで繰り広げられるのは下品な会話。


 私のバージンが七星さんによって奪われた事は、翌日すぐにクラスに広まった。その時の情事についても、面白おかしく暴露された。


 けど別にどうでも良かった。もうそれに対する恥ずかしさだったり、恐怖なんかの感情はとっくに振り切れて無いに等しかったから。


 それよりも今は、新しく生まれた感情に戸惑う日々なのだ。


 私の視線を奪っては独り占めして離さないのが、この私を黙って見つめる校則違反の塊少女。


 七星姫乃。


 どういうわけか、私を抱いてからこの一週間、こうして私の前にとりまきを連れてくる事はあれど、私に何かする素振りを見せない。


 大体私を睨むようにして見つめて黙ったまま、時間が経てばとりまきを連れてどこかへ行ってしまう。


 そんな彼女を不思議に思いつつ、私は胸の奥のドキドキを必死に隠し続けた。


 …私は恐らく彼女に恋心を抱いてしまったのだ。



 快楽に堕ちたとか、そういう話ではない。


 だって行為自体はただ痛かっただけで、快楽なんて一切感じなかったし。


 それでももう一度抱いて欲しいと言う思いは日に日に強くなる。


 私はに恋をしたから。


 それが奴隷としての私だったり、性欲処理の為に使われるだけだったとしても。形なんて何でもいい、誰からも必要とされない私を求めてくれるのなら。


 そして、私を求めてくれたのは七星さんだけだから。


 それに気づいてから、私の視界に映る世界は一変した。


 以前まで私の目に映る世界は、ただひたすらにモノクロだった。何の色もない。けれど今、ただ一つだけ色が灯った。七星さんだけに、色がついたんだ。


 とりまき達が何と言おうと、もう私に響くことはない。ただその人を見つめて、その人の声を待った。


 なんでもいいから、求めて欲しかった。


 けれど、この一週間、私は彼女に何もされていない。


 もう大事な物は奪ったから、私に飽きたのだろうか…


 そう思うと苦しかった。せっかく灯った色を失いたく無かった。


 だから、私は恐らく生まれて初めて自分から行動した。


 洗面器の部分にビニール袋を敷き、ハサミを持って鏡の前に立つ。


 七星さんに求められたくて、私がとった行動。


 それは自分の容姿を変える事だった。


 鼻先まで伸びた前髪、そこに震える手でハサミを差し込む。そして素人の手つきで、ジャリジャリと毛を切っていく。


 段々見えてくる病人みたいに白い肌。当たり前だ。日の光と肌の間には何年もこの黒い髪が鎮座していたのだから。


 そう、何年も目元を隠してきたんだ。自分でも思い切った事をしたなと思う。こんな気持ちになるのなんて初めてだし、自分の為に自分から行動するのも初めてだ。


 それでも私は七星さんに求められたかった。


 胸元まで伸びた横髪、尾骶骨を超える後ろ髪。それらもバサバサと思い切ってきる。


 そして数十分。鏡の前に映る自分は、知らない自分だった。


 横、後ろ髪を肩辺りまでバッサリと。そして前髪は目にかかるかどうかくらいのギリギリのラインまで。


 首元や頬など、色白い部分がハッキリと露わになっている。


 前髪も横髪も後ろ髪も、素人技術の為不恰好にガタガタしてしまっているのは仕方ない。本来なら美容院にでもいくべきなんだろうが、私にそんな余裕はないし恥ずかしくて無理だ。

 

 それでもいい。とにかく変わった自分を七星さんに見て欲しい。その一心だった。



 イメージチェンジをした次の朝。いざ登校するとなると、かなり緊張した。


 朝、洗面器の前に立つと昨日と違う感想を抱く。やっぱり変なんじゃないかと不安になってくる。


 それでも学校には行かなければならないし、七星さんと顔を合わせなければならない。


 頭は軽くなったのに、いつも以上に重い足取りで通学路を歩く。


 そのせいでいつもより少し遅く到着した。ドアの小さなガラスから見える室内には既に多くの生徒が居た。


 そして、その中で一際目立つ七星さんの姿。私の机の上に腰掛けている。


 緊張しながら教室の戸を開く。


 ガラガラという音に、室内の人間の顔が音の方を向くのは人間の本能か。


 では、その後も室内の生徒の視線が私を捉え続けるのはどうしてか。


 数多の視線に晒され、バクバクと煩い自分の心音を聞きながら、七星さんの居る場所にゆっくり歩いていく。


「え…誰?」

「…こんな可愛いやつ居た?」

「いや、知らないよ」

「あの顔であのおっぱい…マジ?」

「肌白っ…」


 ひそひそと聞こえてくる声。七星さんをとりまく人達が驚いた表情で私を見ていた。


 私はキョロキョロと挙動不審に目を動かしてそれらを確認する。そして、動いた視線が七星さんを捉えた瞬間。


「…来なさい」


 ぐいっと服を引かれて、私は訳も分からず廊下まで引きずり出された。


「あんた達はついてこなくていいから。」


 そして教室のドアを閉める前に、後ろをついてこようとしていたとりまき達にそれを伝えて、私をまたひっぱって歩き出した。


 私は引かれるがまま、七星さんに着いて歩き、空き教室である理科室に入ったと同時、私は実験室特有の黒い長机の上に投げ飛ばされた。


 固まる私をよそに、七星さんは手際よく分厚い黒のカーテンを閉めていく。


 薄暗い教室が完成した時、彼女の緋色の視線が私を捉えた。私だけに注がれた。


 意味のわからない状況なのに、私の胸は歓喜で大きく跳ねた。


 私の方に歩いてくる彼女。距離が縮まる度に、私の大きな心音が彼女に伝わっていないか心配になる。


 そして七星さんが机に横たわる私の前に着くと、そのままバンッと大きな音を立てて私の顔の横に両手を突いた。そしてそのまま私に覆い被さるように七星さんも机の上に乗ってきた。


「…ここには私達しかいない」


 そう言って七星さんは私の頰に手をすべらせて、顔を接近させてくる。


 長いまつ毛、強さを感じる鋭い綺麗な瞳、潤いのあるぷっくらとした唇、細くて高い鼻、シミひとつない真っ白な肌、いい匂いがする金色の髪。


 恋を自覚してから、私はその全てに愛しさを感じてしまう。相手は私をいじめる酷い人なのに。


 そして鼻と鼻がくっつきそうになる距離、私は目をギュッと瞑って息を止めた。


 すると、私の頰にあった手が滑り、髪をぎゅっと掴んだ。


「…誰にやられたの」


 その言葉に、私はおそるおそる瞑っていた目を開く。


 七星さんは、怒りの感情をそのまま顔に貼り付けたような表情をしていた。


「ここには誰もいない。だから正直に言いなさい。…私がそいつの事殺してあげる。」


 そう言いながら、私の髪にあった手を私のワイシャツに移す。


「私の奴隷モノに手を出したやつは誰?……言いなさい…っ!」


 そのまま怒りに任せて、私のワイシャツはパチッというボタンがいくつも飛び散る音を立てながら破かれた。


 露わになる私の地味な下着と真っ白な肌。


「…言わないなら、このまま放置するから」


 真剣な表情で言われるそれに、こんな状況なのに私の胸はときめいた。


 だって要するに、七星さんは私のこの髪を他の誰かにいじめられて切られたモノだと思い込んだって事だ。


 それに対して独占欲を働かせている状態。


 そんなの、嬉しくないわけがない。


「…じ…ぶ…んで…きり…ました…」


 私はこの距離の七星さんにようやく聞こえるくらいの声、それでも私なりに振り絞った精一杯の声で答えた。


「…は?」


 私の目の前で、その綺麗な目をパチパチとさせてポカンと固まる七星さん。


 こんな表情初めて見る。…可愛い。


 私がそんな可愛らしい七星さんに釘付けになっていると、ようやく動き出した七星さんの眉間に皺がよる。


「…本当に自分で切ったの?」


 確認するように、聞かれた言葉。私はそれに肯定するように首をこくりと動かす。


「紛らわしい事して…」


 そう呟いた七星さんは、ブレザーのポケットからスマホを取り出してどこかに電話をかけ出した。


「…私。今すぐ迎えにきて。あと腕利の美容師を用意しといて。…ええ。」


 そしてどこか一方的な会話を繰り広げて、一瞬で通話が終わる。


「勝手なことした罰だから。」


 スマホをしまった七星さんの視線は再び私に戻る。


 体勢はずっと変わらず、私の上に馬乗りになって私を見下ろす七星さん。


 その七星さんの顔が、また接近してくる。


「え…あぁっ…!?」


 そして、七星さんは私の首筋に思いっきり噛みついた。


 痛い。…けど、その痛みも一瞬だけで、甘噛みと舐めるのを繰り返し始めた七星さんに、胸がきゅぅっと締め付けられる。


「あんたは私の奴隷オモチャだから。」

 

 そして、七星さんの片手は私の下着を剥ぎ取り、そのまま唇は胸へ、手はスカートの中に侵入してきた。


 周りからあの汚い笑い声が聞こえない。聞こえるのはあらゆる水音と自分の嬌声、そして七星さんの荒い息遣いだけ。


 初めて2人きりでした行為は、決して優しいものではなかったけれど、私の心をこれでもかも満たした。

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