第6話 俺は道場に入門した
早く戻れるようになった俺は、町のトップレベルの格闘技道場「マックール道場」の門を叩いた。
マックール道場を選んだ理由はただ一つ。
美女と名高いサリアさんが教えてくれるからだ。
サリアさんは自分がお嫁さん候補と夢想していた一人で、たしか20歳を過ぎたばかりだ。
37歳のおじさんが夢見がち……。
それと、マックール道場の道場主は親父の友人なんだ。
そんなに会いたくはなかったけど、入門料はおまけしてもらえるはず。
「親父の葬式以来か? もうすぐ20年になるな。でかくなった」
何を言うんですか。
マックール卿の方が背が高いです。
俺を上回る2mの巨漢で御年55歳になるはずだが、全く身体の衰えを感じさせなかった。
「マックール卿も相変わらずご活躍で」
差し出された手を握り返すと、すぐに力比べになる。
負けてしまったけれど、自分の握力が強くなっているのがよく分かった。
「どうやら、引きこもりを止めたのは本当のようだ。ガイの奴も喜んでるだろう」
ガイとは俺の親父の名前だ。親父とマックール卿は、試合で何度も戦っている。
試合が終わると、よく俺の家で親父と飲んでいた姿を覚えている。
「じゃあ、格安で入門させてやろう。で、俺の道場で何を学びたいんだ?」
俺は迷わなかった。
「飛びかかって相手を捕まえる格闘技を教えてほしい!」
「ふむ」
そう言うと、サリアさんを呼びつける。
「お父様、何かご用でしょうか?」
「ああ、今日から入門するデイル殿だ。私の友人のご子息でもある。丁寧に教えてあげるように」
「分かりました」
「飛びかかって相手を捕まえる格闘技を教えてほしいそうだ」
「は?」
サリアさんの困惑の表情が可愛い。
それでも、すぐに困惑を消し、ふわっとした笑顔になる。
金髪を三つ編みにして頭の後ろでまとめ上げた髪型が可憐で、鼻筋も高く、濡れたような唇も印象的だ。
化粧も少なく清潔感のある容姿に加え、ふるまいに慎ましさを感じさせる。
道場にいなければ、社交界のレディーと言っても過言ではない。
部屋を出て早速、練習場所へと連れだって歩く。
「デイルさん、相手を捕らえるためには素早く動く足腰の鍛錬が欠かせません。スクワットが有効です」
師範代でもあるサリアさんは、その練習方法について詳しく教えてくれる。
その日から山で追いかけっこをした後、石切場で働き、道場へ直行してスクワットの練習に励む。
全てはお嫁さんのためで、こんな苦しさなんて屁でもない。
そんな俺を見た周囲の道場仲間は、ひたすら俺を馬鹿にした。
「あんな中年になってからトレーニングなんて、サリアさん狙いのスケベ野郎なんじゃないのか」
「何だか必死で笑える。だっさ!」
でも、俺は気にしなかった。
残りは2ヶ月を切っていたし、ようやく俺にチャンスがやってきたんだ。
俺はひたすらにトレーニングを続ける。
「ニンゲン、久しぶりね。もう諦めて、石屋にでもなっているかと思ったわ」
久しぶりの言葉を聞いて俺も嬉しくなる。
「もしかして毎日、見に来てくれたのか?」
「ば、馬鹿ね! わ、私はそんなに暇ではないわ。ただ、古の掟だから仕方なくね」
え? 結局、毎日、来てたんだな。
これは、もう通じ合ってるんじゃないか!
俺はすぐに跳びかかるも、あっさりとかわされる。
「貴方ねえ。前と何も変わってないわよ」
やっぱり、そんな甘くないな。
捕まえないとダメだ。
俺は軽く跳び上がって筋肉をリラックスさせ、肩の力を抜く。
そして、ノーモーションでウナさんに接近した。
「あら」
一瞬だけど、ウナさんの服にさわれた! 特訓の成果が確かに出てるぞ!
「貴方、それなりに練習をしたようね。なかなかの動きになったのが分かるわ」
服をはらいながら、何だかウナさんは嬉しそうだ。
「ウナさん。もしかして、俺の成長が嬉しいのか?」
その瞬間、心底軽蔑しきった眼差しが俺を襲った。
「栄養は相変わらず筋肉だけにしか行き渡っていないようね。勘違いも甚だしいわ」
はい、相変わらずでした。
また、その日、俺にとって忘れられない出来事が起こったんだ。
そろそろ返ろうと支度をしていると、突然ウナさんが跳びかかってきたのだ。
「えっ? ウナさん、ついに俺の愛を」
けれども、ウナさんは真剣な表情のまま俺の口を塞ぎ、木の陰に隠れるよう促す。
大木の後ろに立った瞬間、ざあっと木々の葉が揺れる。
俺の口に当てたウナさんの手が、さらにぎゅっと押さえつけてくるのが分かる。
ウナさんは俺の耳元で、
「魔王よ。しばらく、このままで。息もなるべくしないで!」
マジっすか! 魔王? そんなのが存在している事実に俺は驚愕する。
5分ほど固まっていただろうか。
ようやく、木々の揺れが収まり、心なしか日差しも明るくなってきた。
「行ったわ」
その言葉を聞くと、俺はバアっと息を吸い込んだ。
もうちょっとで死ぬところだった。
「何で魔王がこの山に来たんだ?」
「私を探しに来たのよ」
「えっ?」
「ほら。私、絶世の美人だから」
悪びれも無く、ウナさんが言ってのける。
「自分で言うな! でも、本当の話なのか?」
「うん、残念だけど本当」
そう言うとウナさんは、魔王に追われている理由を話し始めた。
「現、魔王はね。魔力の多いエルフを探して、跡継ぎを産ませたいらしいわ。それで、エルフの里に魔王の使いがやってきたの」
そう話すウナさんの横顔に、初めて悲しみの表情が浮かんでいた。
「エルフの里で会議が開かれて、結局、純エルフではない私が生け贄に選ばれた。でも、長は条件をつけて、この2ヶ月で捕まえたら連れて行ってもいいことにしたの」
「ひでえな」
「ううん。それでも良くしてくれた方よ。ハーフエルフの私は、もともと嫌われてたしね」
里のエルフよ、正気か? こんなに可愛い人、いないだろ。
「私を可愛いと言ってくれるのは、私の知り合いだと貴方だけね。混じり者の汚れた血。淫乱の血が臭いって、いっつも言われてた」
俺は思わず近くの木に拳を叩き込む。
拳から鮮血が飛び散った。
「何だよ、それ。人間と結婚するのが、そんなに悪いのか?」
「エルフは純血を尊ぶから。私の母様みたいにニンゲンと契った人は嫌われるの」
そう言うと、ウナさんは俺の手をそっと握って拳の治療をしてくれた。
「もう大丈夫。さあ、気をつけて帰らないと」
山を下る俺を見つめていたウナさんが、やけに小さく見えたんだ。
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