第7話 俺は正々堂々とエロ宣言をした

 悲しい告白を聞いてから、俺はまずまず張り切ってトレーニングに精を出す。

 ウナさんもずっと悲しい思いをしてきたんだ。

 助け出せるのは俺だけだ!


 魔王だってニンゲン界に逃げたら、もう追ってこられないに違いない。

 これは救済! ウナさんだって、俺に捕まってくれるはず。

 そう確信していた。



 そう考えていた時期が俺にもありました……。



 今日も今日とてウナさんを追いかけるも、全く身体にさわれない。

 温泉のお湯の上にウナさんは立っている。

 さすが妖精みたいなエルフだよ。


「デイル。なぜそんなに必死なの? エルフの身体に興味津々の変態なんですか?」


 相変わらずな毒舌を発揮するウナさんに、自分のこれまでを伝えたいと口を開く。


「それもある。でも、俺、その……。全然、もてなくてなあ」


 短髪をかきながら本音で話し始める。


「俺は両親が流行病で死んでしまった後、天涯孤独なんだ。誰もいない家でじっとしてる日が多かったんだ。でも、それ……本当は嫌だった。だから気軽に話せるお嫁さんがいたら幸せだろうなって思ってるんだ。それだけなんだ」


「ふうん。髭面で強面の貴方がそんな考えを持っていたなんて意外ね」


「顔は別にいいだろ。最近は体力もついたし、重い石も持てるぞ。身体と気持ちが軽いんだ」


 俺は力こぶをウナさんに見せる。

 

「ふうん。確かに、ずいぶん短期間で筋肉がついたようね。でも、このままじゃ身体を壊しちゃうわ」


「いいんだ。壊れたら、それまでの人生って思ってる」


「馬鹿なのね」


 そう言うとウナの身体が緑色に光る。

 しばらく俺の身体を緑色の光が包み、消える頃には身体の痛みが和らいでいた。


「お、身体が軽い!」


「まあ、身体を壊されちゃ迷惑だし、寝覚めが悪いから治癒魔法をかけておいたわ。だいたい24時間、威力は継続するはずよ。でも、気力は回復しないから、そこは気をつけて」


 そう言うとウナさんはふらっとバランスを崩す。


「あ、危ない!!」


 俺は慌ててウナさんを抱き抱える。

 めちゃくちゃ軽い!

 ウナさんは抵抗せずに目を瞑りながら、俺にもたれかかっていた。

 俺はゆっくりと両腕で抱き抱えたまま、温泉横にたった1つ設置されているベンチに横たえる。


「なんで、捕まえなかったの?」


 ぐったりしたままウナさんが呟く。

 魔力を使いすぎたらしい。


「俺のために魔法をかけてくれたのに、それにかこつけて捕まえるなんて卑怯な振る舞いだ! 俺は、正々堂々とウナさんを掴んで、エロの限りを尽くすんだ」


「爽やかなんだか、ゲスなんだか分からないけど、そういう正々堂々は嫌いじゃないわ。ま、後悔しないでね」


 そう言うと、ウナさんは森の奥に消えてしまった。

 やっぱり捕まえておけばよかったかな?


 それでも、その日は魔法がかかっているせいか20kmを3時間で走破できたんだ。


 §


 俺はそれから毎日20kmの道のりを走っていった。

 なんだかんだ言っても、ウナさんは優しいし、話をしてて面白い。

 こんな37歳の男であっても普通に接してくれる。


 ただ、毎日の生活は嫌な出来事が多かった。

 道場でも、酒場でも、近所でも、俺の悪口を聞かない日はなかった。

 まあ、無職の37歳じゃあ、無理もないけど。


 甲斐性なしだの、引きこもりだの、髭男だの、魔法使いだの、どうしてそこまで言われるのか不思議に思った。

 気にしない振りをしても、やはり悲しくなる。

 でも、走っている時だけは辛さを忘れていたんだ。


 ウナさんは今日もモミの木の太い枝に座って待っていてくれた。

 

「デイル。今日も挑戦する?」


「当たり前だ! 今日こそ連れて帰るからな!!」


「やってみたら?」


 でも、当然、捕まえられなかった。

 俺は思わずため息をつく。


「今日は何だか元気ないわね。暗い顔が貴方に似合うと思ってるの? 元気だけが取り柄なんだから、もっと笑った方がいいわよ」


「余計なお世話だ」


 毒舌は相変わらずだ。

 汗を拭いながら、俺は悪態をつく。

 誰かの悪口が心のどこかに引っかかって悲しみが破れそうになる。

 青い瞳をいっそう青くして、ウナさんは俺を見つめていた。


「何かあったの?」


 俺は悪口だらけの日常の一部始終を話していた。

 ウナさんが頷くたびに、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じる。

 ウナさんは頭上に雷光を光らせながら怒ってくれた。


「何なの? そんな努力をしている人を馬鹿にしたり、お金がないのを馬鹿にしたり……。ニンゲンって嫌ね。まあ、いつも私の胸ばかり見ている変態だから、その点は言われても仕方がないと思うのだけど」


 あの、ウナさん。結局、上げたいのか下げたいのか、はっきりしてもらえませんかね?


「ま、私に話して元気になるなら話すといいわ。特別に無料で聞いてあげる」


「そりゃ、どうも」


 でも、来る時よりも心が軽くなっているのは確かだ。

 やはり、いつも一緒にいたいなあ。

 俺の視線に気付いたのか、ウナさんはやや頬を赤らめていた。

 怒ったのかな?


「あと、身体を強くしたいなら肉を食べるといいわ」


「肉? 高くて買えないぞ」


「肉なら、この山中をいくらでも走ってるじゃない。それを捕まえれば無料でしょ」


 簡単に言うなあ。

 それでも、確かに食費がかさんできているのも事実だった。

 また、体力がつくにつれ、身体が食べ物を欲しているのがよく分かった。

 お腹の減りが半端ないし。


 イノシシ狩りを約束し温泉を後にした。

 ウナさんは優しい眼差しで手を振ってくれたんだ。

 前はすぐに消えていたから一歩前進か?


 それでも、イノシシなどを倒すためには剣や棍棒を使わないと不可能だ。

 棍棒はかさばるために剣がいいよな。


 そこで、俺はもう1つの道場に通うことにした。

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