第4話 俺は忙しい毎日を過ごした
これは現実か? 頬をつねると確かに痛い。
俺はしばらく二人が消えた虚空を眺めていた。
エルフ語で話していた内容は分からないけど綺麗な人たちだったなあ。
俺は温泉から出ると周囲の木々に目印の布を結びつけ、その場で野宿する準備を始める。
辺りは薄暮に包まれ、急激に気温が下がってくる。俺は急いで焚き火になる木々を集め、火をつける。パチパチと火が爆ぜる音が俺を現実に引き戻す。
背中のリュックからチーズとトマトを取り出し、パンに挟んで両手でぎゅっと押しつぶす。
大きく口を開けてパンにかぶりつく。固いけれども、具のトマトの酸っぱさが疲れた身体に心地よい。
口にパンをくわえたまま近くの川から水を汲み、小さな鍋でお湯を沸かす。時間を掛けて食事が終わる頃には、鍋の中で水が踊っていた。
鍋を火から下ろし、ゆっくりと冷ましてから白湯を飲むと、ようやく人心地がついた。
薪の焦げる匂いを感じながら、思い切り息を吸い込み、星の輝きを眺める。
ずっと手が届かないと思っていた夢が、急に目の前に現れた。
その場に立ち上がり、星を掴もうと手を伸ばしてみる。
ようやく眠気が襲ってきたため、木を敷いて寝床を作り、その上に毛布を敷いて身体を横たえる。でも、興奮でしばらく眠れなかった。
捕まえたらいいのか。
頭の後ろで手を組み、明るい星を数えながらそれだけを考える。
手を伸ばせば掴めそうな星空が圧倒的に迫ってくる。
俺は気がつかないうちに、深い眠りに落ちていった。
翌朝、起きて瞼を開けると目に痛いほどの青空が広がっていた。
川のそばまで歩き、顔にザブザブと水を掛け、濡れた顔を布でごしごしと擦る。
ようやく目がさえて、思わず太陽を拝んでしまう。
ストレッチをしながら、近くに落ちているモミの木の枝を拾い集める。
両手いっぱいに集めると寝床に戻って腰を下ろし、わずかに残っていた熾火に枝をくべる。
すぐにぱっと火がつき、周囲に暖かさが戻ってくる。火に両手をかざしながら、冷えた身体を暖める。
リュックから林檎を1つ取り出し、カシュと音を立てながらゆっくりと咀嚼する。
その甘酸っぱさが、昨日のエルフの女の子を思い出させる。
近くの木々では、目を覚ました鳥たちがピュルピュルと鳴き声を上げている。
でも、あの子がもう一度ここに来るんだろうか?
とにかく出会った温泉の周りをぐるぐると歩き回って、ひたすら現れるのを待つ。
太陽が昇り始めると、突然、金色の髪をなびかせた少女が現れた。
足を掴まれたエルフのウナさんだ。
「おはよう。ニンゲン」
見れば見るほど、本当に綺麗な女の子だな。
しかも笑顔が眩しい。しばらく、その顔から目を離せない。
あまりに見つめていたために、ウナさんは思わず目を逸らした。
チャンス! とばかりに俺はウナさんに飛びかかる……が、すぐに飛び退かれてしまう。
何度も跳びかかるが、小指の先ほどもさわれない。
30分ほど追いかけると、すぐに息が上がってしまった。
「そんな遅い動きで私を捕まえるつもり? 無謀、無策ね」
呆れた表情でそう言い放つと、瞬時に姿を消してしまった。
1回目のチャレンジは全くの失敗だった。
翌日も、またその翌日も、簡単にいなされてしまう。
「ニンゲン、今のお前では妻帰るのは無理だぞ。まず体力をつける必要がある。まあ、それしかできないだろうな」
敵からアドバイスをもらう始末だ。ダメだな。このままでは何も進展はない。
食料も尽きた俺は、すぐに下山し、ひたすら家路を急ぐ。
家のドアを開けた瞬間、膝に力が入らず転びそうになる。身体が悲鳴を上げているのが分かる。
ベッドですぐに眠りにつきたかったが、これからの方策を考えなければならない。
ベルデト山の方に上っている月を窓から眺め、ウナさんに思いをはせる。
テーブルに紙を起き、作戦を思いつくままに書いていく。
山まで行くには食料も必要だし、体力も上げないといけない。それにはお金が必要だ。ウナさんも捕まえるためには体力をつける必要があると言ってたし。
俺は髭を触りながら、テーブル上の紙に決定した行動指針を書いていった。
1 石切場で稼ぐ。
2 1週間に5回、山に出かけて捕獲に挑戦する。朝5時には出発する。
3 格闘技道場に通う。
とりあえずできるのはこの3つだ。この3つに取り組んでエルフの嫁さんをゲットする!
俺は叫んだ瞬間にベッドに倒れ込んでいた。
§
次の日から俺の挑戦が始まった。
朝5時に起き、リュックにパンと水、林檎、チーズを詰め込むとベルデト山に向かう。自然と駆け足になる。
最初の1ヶ月は何度やってもさわれなかったが、ウナさんは、なぜか自分を必ず待っていてくれた。
本当に綺麗な金髪と青い瞳だよなあ。
最初は往復に12時間もかかっていた俺だが、少しずつかかる時間が短くなっていった。
その時間が9時間ほどになった時、俺は作戦を第2段階に移行させた。
朝5時に出発し、昼の14時に帰ってくると、その足で石切場に行き夜7時まで働く。
最初は身体が悲鳴を上げていたけれど、少しずつ肩に載せる石が増えていった。
しかも、その量は1.5倍、2倍になっていったのだった。
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