第4話 俺は幸運に雄叫びを上げた

 次の日の朝、俺は靴の紐をしっかりと結ぶ。

 革袋に水も入れたし、食料も3日分は準備した。

 ドアを勢いよく開けると、灰色の曇り空で少し肌寒かった。

 地図の真ん中にはベルデト山と書かれており、そのどこに温泉があるのかは詳しく描かれていない。


「いやあ。情報提供者が詳しい場所を教えるのを渋ってね」


 詐欺師っぽいミゲルの言い分だ。

 でも、毎日、石運びをするより、騙されたとしても温泉に入ってくる方がいいだろう?


 朝の5時に俺は勢いよく街道にとびだしていた。

 けれども、行けども行けども山は近づいてこない。

 それもそのはず、俺は体力に(も)自信がない。


 山の麓に着いたのは昼の11時で、出発してから6時間が経過していた。

 汗が滝みたいに流れる中、俺は細心の注意を払い温泉に繋がる情報を地図の中に見つけようと必死になった。

 でも、地図には「細い道を通って行き止まりにある大きな木に囲まれた温泉」としか書かれていなかった。


 やっぱり騙されたのか? 俺。


 山頂に続く道を見つけ、とりあえず胸をなで下ろす。

 少なくとも、山頂から景色を眺める楽しみは残ってる。

 地図の中でベルデト山の標高は1120mと書かれており、そこまで登るにはさらに時間がかかりそうだった。


 丸太を敷き詰めた道を俺はゆっくりと登り始めた。

 まあ、とりあえず日が暮れるまでに家へ戻れればいい。


 そんな楽観的な考えは、登って1時間もすると、すぐに打ち砕かれた。


 道が険しいのだ。

 登山道はあるけれども全然整備されていない。

 岩肌がむき出しで、足を取られれば大怪我だ。

 その上、周りは巨大な木の森に囲まれており、迷いそうな雰囲気がプンプンと漂っている。


 ビビリの俺は、もっていた布きれを木に結びながらゆっくりと登っていく。

 

 しばらく歩くと、微かに硫黄の匂いが漂ってきた。

 もしかして温泉か?

 硫黄といえば温泉だろうと単純に結びつけて、匂いのする方へ進んでいくが若干怖い。

 瘴気で死んでしまった例もあるから、慎重に歩みを進める。


 30分ほど進んだろうか。

 目の前に直径が20mほどの丸い温泉が現れた。

 周りは石で囲まれて、さらにその周りを木々が取り巻いている。 


 生き物の気配は何も感じられなかった。

 ま、まあ、想定内だ。


 ここまで来たなら温泉を楽しもう。俺は服を脱ぎ、温泉に足を踏み入れ、ゆっくりと肩まで浸かる。


「ああ~」


 これだよ、これ。俺はこのために、この山に来たんだと思うほどいい湯加減だ。

 近くには川も流れ、身体を冷やすには便利だ。

 熱い、冷たいを繰り返し、1時間ほどかけて身体を整える。


 首まで浸かっていた俺は、あまりの気持ちよさに眠りに引き込まれそうになる。

 半分寝ぼけながら周りを見渡すと、俺の身体の近くに白い何かが立っていた。


「何? これ?」


 触った瞬間、小さな叫び声が響く。


「エルフ語(ニンゲンがさわるなど一生の不覚! こいつを殺して恥をそそぐ!)」


 エルフのお姉さんがめっちゃ怒ってるよ。

 俺は嬉しさよりも恐ろしさが先に立つ。

 相手の頭上には何本も雷光が飛び交っていた。


「すまん! 別にさわるつもりはなかったんだ!!」


 必死に弁明して許し請う。

 その場にいたエルフのお姉さんは2人だ。

 一人は足をさわってしまった人、もう一人はもう少し背が高い怒ったエルフだ。


「エルフ語(ふん、ハーフエルフのお前は、やはり警戒が足りないようだな)」


 何を言っているか分からないが、下に見ている口調を感じる。

 あまりいい感じはしないな。


「エルフ語(ケルフィ、ごめんなさい。まさかニンゲンがいるなんて)」


「エルフ語(ウナ、古の契約をその男に伝えるんだぞ)」


 二人の会話を注意深く聞くと、足をさわった女の子はウナ、もう一人はケルフィだと推測できた。

 その時、湯煙が風に吹かれウナの全身が現れる。

 腰まで届きそうな金色の髪に、青色の瞳をもつ美少女が現れた。

 ほっそりとした顎と桜色の唇に、うっすらと紅に染まる頬が光っている。


「ニンゲンよ。お前は古の契約に従い、私に挑戦できる権利を得た」


 何だ、権利って? 

 しかも、まっぱ(真っ裸)なのに、全く隠さないんだね。

 俺は湯船から出られない状態になってるぞ。


「お前が私を捕まえたら、私はお前に仕えると約束する」


 ええ!! ミゲルの情報は本当だったのか? 100%ガセだと思ってたのに!!

 しかも、このエルフ、とても人間の言葉が上手だ。うますぎる。

 よく見ると、耳が尖ってなくて人間とほぼ同じ形だった。


「えっ? じゃ、じゃあ、お嫁さんでもいいか?」


「ああ。いい」


 俺の人生に、ついに幸運が訪れた。

 神様ありがとう。

 あと、ついでにミゲルもありがとう!


「では、期間は今日から3ヶ月だ」


 そう言うと、二人のエルフは風の中に消えてしまった。


「うおおおおおおおお!」


 俺は遠くに山に向かって歓喜の雄叫びを上げていた。

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