第3話 俺は怪しい情報を得た

 親戚のマリオ叔父さんの家は、俺の家から2kmほど離れた農場である。

 大農家で羽振りもいい。

 この前のお見合いを紹介してくれたのも叔父さんだった。


 家の敷地に入ると、おじさんが薔薇の匂いを楽しんでいるところに出くわした。


「よお、デイル。お見合いはどうだった?」


「ダメに決まってるよ。無職だし」


 マリオおじさんは俺の肩に乱暴に組み、大笑いをしながら残念だったなと慰めてくれた。

 叔父さんは親父の弟で、やはり剣の才能を見込まれて領主に使えていた。

 3年前に領主のもとを離れ、農家として活躍している。


「昨日、泥棒が家に侵入して、なけなしの金を盗っていったんだ」


「なけなしのか。へえ、盗る物なんて何もねえだろうに。で、俺の家を尋ねたって訳だな」


「ご明察です」


「俺が今、紹介できるのは石切場での石運びだな」


 やっぱ、それか。

 石運びは、でかい石を船まで運ぶ仕事で、とにかくきつい。

 誰もやりたがらない仕事だ。


「金がほしいんだろ。運んだ量にもよるが1日働けば大銅貨2枚は稼げるぞ」


 大銅貨1枚は銅貨10枚の価値がある。

 銅貨1枚だと林檎が2つ買える計算で悪くない稼ぎだ。


「今日から気張って働けよ」


 叔父さんは俺に労働許可証をすぐに渡してくれたので、俺は石切場へと急ぎ、すぐに働きたいと親方に許可証を見せる。

 親方からすぐに働けと言われた俺は、1日中、炎天下でひたすら石を運び続けた。 

 ようやく仕事が終わり家のベッドに倒れ込んだ俺は、翌朝、体中が痛んで動けなくなっていた。


 叔父さんの計らいで自由に休んでいい契約になっていたけど、連続で働くのは難しいな。

 でも、行きたくないけど、行かなきゃ死ぬっていう究極の選択を迫られてるな。


 3日ほど働いた後、悪友のミゲルから飲みのお誘いが舞い込んだ。

 あいつ、また俺を騙す気なのか。

 用心しながら夜の7時きっかりに、町の酒場「山鳩亭」の中に入っていった。


「おう、こっちこっち!!」


 安酒の匂いが漂う店内は、カウンター席とテーブル席が4つの、こじんまりとした佇まいだ。

 当然、宿屋も併設している。

 俺と同い年の独身で木こりのミゲルが、大きな声で俺をテーブル席に呼び寄せる。

 妙に気が合って飲み歩くんだが、こいつには何度も騙されている。

 まあ、笑って済ませるレベルだけどな。


 憎めない奴なんだ。


「デイル。お前にぴったりの話をもってきた」


 ミゲルがこんな話をするときは、決まってろくな事がない。

 前回は砂金がとれる川を紹介してもらったんだが、砂しかとれずに1日が過ぎてしまった。

 翌日、会った時に文句を言うと、


「いやあ、この前の大雨で流されたらしいな」


 と涼しい顔をして答えている。

 それでも、友人のいない俺にとって、たった一人の友人なんだ。


 ミゲルがぐいっとエールを飲んで、ある話を切り出してきた。


「ベルデト山の中腹に温泉が湧き出していて、その湯に女エルフが来るらしいんだ。そのエルフが絶世の美女で、捕まえたら嫁さんにできるらしいぜ」


「何!」


 思わずその場に立ち上がるが、すぐにストンと腰を下ろす。

 とても気になる情報だったけど、どうにも嘘くさい。本当かな?

 ミゲルは俺に酔眼を向けながら口元を緩める。


「お前、美人と結婚したいって常々言ってただろ。異種族間でもいけるか?」


「余裕だ!」


 ミゲルは俺の性格を知り尽くしていて、俺の好きそうな話をもってくるんだよなあ。

 降参だとばかりに、俺はミゲルと固い握手を交わす。

 エールのお代わりを注文したミゲルは、一息にそれを飲み干した。

 うまそうに飲む喉の音が、俺には妙に大きく聞こえる。


 ミゲルは懐から1枚の巻紙を出し、丁寧に机の上に置いた。


「これは、その温泉までの道のりを示した地図だ。幼馴染みのお前になら銀貨4枚でくれてやる」


 ええ! 銀貨4枚? 

 それだけあったら一月は余裕で食べていける。

 さすがに躊躇する俺を見て、


「お前、このビックチャンスを逃すのか? エルフの美女だぞ! 乗るしかないぞ! このビックウェーブに!」


 と、盛んに煽ってくる。


「お前はどうして行かないんだ? お前だってチャンスだろう?」


 ミゲルは首を振りながら、


「知ってるだろ。ちっぱいは嫌いなの」


 と、ニヤリと笑ってきた。

 ミゲルはグサリと牛の焼き肉にフォークを突き刺し、そのまま豪快にかぶりつく。

 確かにこいつは肉厚が好きだ。

 おっぱいのない生活は耐えられないだろう。


 結局、俺はその情報を大銅貨1枚までディスカウントし、地図を入手できた。


「これで、お前の嫁が見つかるかもな」


 いい話みたいに言ってるが、銀貨4枚の情報が大銅貨1枚になるなんて、もうガセネタの匂いがプンプンするぜ。

 

 それでも、そんな夢でもなければ生きていくのが辛すぎるのだ。

 石切場で1日働いた分の半分をミゲルに手渡したが、まあ、よしとする。

 ミゲルの地図によると、ここから20km程度離れているベルデト山に温泉があるらしい。


 俺はお礼を言って酒場を出た。

 騙されてるかもとは思ったけど、これもミゲルなりの優しさかもしれない。

 ポケットには大銅貨3枚しか残ってないけど行くしかないな。


 満天の星を眺めながら、俺はいそいそと家路を急ぐ。

 久々にいい夢が見られそうだ。

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