第2話 俺は怪しい情報を得た

 親戚のマリオ叔父さんの家は、俺の家から2kmほど離れた農場である。

 大農家で羽振りもいい。この前のお見合いを紹介してくれたのも叔父さんだった。

 家の敷地に入ると、おじさんが薔薇の匂いを楽しんでいるところに出くわした。


「よお、デイル。お見合いはどうだった?」


「ダメに決まってる。無職だし」


 マリオおじさんは俺の肩に乱暴に組み、大笑いをしながら残念だったなと慰めてくれた。

 叔父さんは親父の弟で、やはり剣の才能を見込まれて領主に使えていた。


「実は、昨日、泥棒が家に侵入して金を盗っていったんだ」


「盗る物なんて何もねえだろうに。で、俺の家を尋ねたって訳だな」


「ご明察です」


「俺が今、紹介できるのは石切場での石運びだな」


 石運びは、でかい石を船まで運ぶ仕事で、とにかくきつい。

 誰もやりたがらない仕事だ。


「金がほしいんだろ。運んだ量にもよるが1日働けば大銅貨2枚は稼げるはずだ」


 大銅貨1枚は銅貨10枚の価値がある。銅貨1枚だと林檎が2つ買える計算になり悪くない稼ぎだ。


「今日から気張って働けよ」


 叔父さんは俺に労働許可証をすぐに渡してくれたので、それを持って俺は石切場へと急ぐ。

 親方からすぐに働けと言われた俺は、1日中、炎天下でひたすら石を運び続けた。 

 仕事が終わり家のベッドに倒れ込んだ俺は、翌朝、体中が痛んで動けなくなっていた。

 叔父さんの計らいで自由に休める契約にはなってたけど、連続で働くのは難しいな、こりゃ。行きたくないけど、行かなきゃ死ぬって奴だな。


 3日ほど働いた後、悪友のミゲルから飲みのお誘いが舞い込んだ。

 あいつ、また俺を騙す気なのか。

 用心しながら夜の7時きっかりに、町の酒場「山鳩亭」の中に入っていった。


「おう、こっちこっち!!」


 ミゲルが大きな声で俺を席に呼び寄せる。俺と同い年の独身で木こりとして働いている。

 妙に気が合って飲み歩くんだが、俺はこいつに何度も騙されている。

 まあ、笑って済ませるレベルだけどな。憎めない奴なんだ。


「デイル。お前にぴったりの話をもってきた」


 ミゲルがこんな話をするときは、決まってろくな事がない。

 前回は砂金がとれる川を紹介してもらったんだが、砂しかとれずに1日が過ぎてしまった。

 翌日、会った時に文句を言うと、


「いやあ、この前の大雨で流されたらしいな」


 と涼しい顔をして答えている。

 それでも、友人のいない俺にとって、たった一人の友人なんだ。


 ミゲルがぐいっとエールを飲んで、ある話を切り出してきた。


「ベルデト山の中腹に温泉が湧き出していて、その湯に女エルフが来るらしいんだ。そのエルフが絶世の美女で、捕まえたら嫁さんにできるらしいぜ」


「何!」


 思わずその場に立ち上がるが、すぐにストンと腰を下ろす。

 とても気になる情報だけど、やっぱり嘘くさい。本当かな?

 ミゲルは俺に酔眼を向けながら口元を緩める。


「お前、美人と結婚したいって常々言ってただろ。異種族間でもいけるか?」


「余裕だ!」


 ミゲルは俺の性格を知り尽くしていて、俺が好きそうな話をもってくるんだよなあ。俺は降参だとばかりに、ミゲルと固い握手を交わす。

 エールのお代わりを注文したミゲルは、一息にそれを飲み干した。うまそうに飲む喉の音が、俺には妙に大きく聞こえる。

 ミゲルは懐から1枚の巻紙を出し、丁寧に机の上に置いた。


「これは、その温泉までの道のりを示した地図だ。幼馴染みのお前になら銀貨4枚でくれてやる」


 ええ! 銀貨4枚? それだけあったら一月は余裕で食べていける。

 さすがに躊躇する俺を見て、


「お前、このビックチャンスを逃すのか? エルフの美女だぞ! 乗るしかないぞ! このビックウェーブに!」


 と、盛んに煽ってくる。


「お前はどうして行かないんだ? お前だってチャンスだろう?」


 ミゲルは首を振りながら、


「知ってるだろ。ちっぱいは嫌いなの」


 と、ニヤリと笑ってきた。

 ミゲルはグサリと牛の焼き肉にフォークを突き刺し、そのまま豪快にかぶりつく。

 確かにこいつは肉食だ。おっぱいのない生活は耐えられないだろう。


 結局、俺はその情報を大銅貨1枚までディスカウントし、地図を入手できた。


「これで、お前の嫁が見つかるかもな」


 いい話みたいに言ってるが、銀貨4枚の情報が大銅貨1枚になるなんて、もうガセネタの可能性が高い。

 

 それでも、そんな夢でもなければ生きていくのが辛すぎるのだ。

 石切場で1日働いた分をミゲルに手渡したが、まあ、よしとする。

 ミゲルの地図によると、ここから20km程度離れている山中に温泉があるらしい。


 俺はお礼を言って酒場を出た。

 騙されてるかもとは思ったけど、これもミゲルなりの優しさかもしれない。

 ポケットには大銅貨3枚しか残ってないけど行くしかないな。


 俺は満天の星を眺めながら、いそいそと家路を急ぐ。

 久々にいい夢が見られそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る