お嫁さんを探していた俺が、いつの間にか魔王討伐に出かけていた件について

ちくわ天。

第1話 俺は全てを無くした

「ごめんなさい。私、無職の方とはお付き合いできません」


 農家の牧場には爽やかな風が吹いていて、俺の髭が優しく揺れている。

 9月の涼やかな気候の中で、簡易ベンチの二人は微妙な距離をとったまま座っていた。


 俺は上を向き、ゆっくりと長いため息をつく。これで20連敗。いつになっても「お断り」は慣れないな。

 立ち上がり、女性に別れを告げ、とぼとぼと農園のゲートをくぐる。

 薄暮の中を家路に向かって、力なく歩き始めた。


 俺の名はデイル。


 定職を持たずにブラブラしている37歳男 、独身、ついでに言えば童貞だ。

 町外れの小さな剣の道場に住んでいる。といっても、親父が剣の師範だっただけで別に剣なんて興味はない。

 親父とお袋は俺が18歳の頃に亡くなり、それ以来ずっと1人暮らしだ。


 無職に嫁は来ないよな。


 当たり前すぎる結果に、もう溜息も出ない。

 今日の見合いの相手は、親戚から紹介してもらった農家の二女エミリさんで、胸は立派だがあまり気乗りはしなかった。

 その訳は……。俺には心に決めた女の子が脳内にいるからだ。


 ふっ(苦笑)、脳内。


 口の悪い連中は「牛の中にエミリがいても見分けがつかねえよ」なんて言ってたけど、会ってみたら凄く優しい子だったよ。

 お断りされたけど、エミリさんは別に悪いとは思わない。

 俺より年上だったけどな。


 悪いのは俺だ。


 金も地位もなく、その日暮らしの毎日を送っている。ついでに言えばやる気もない。いろいろ拗らせて、まともに女性と会話ができない。

 背だけは高く、ひょろっとした印象をもたれるほど体重はない。

 顔だって灰色の髭面、頭だって灰色のつんつん頭がトレードマークになっている。

 目がつり上がっていて、よく怖いって言われるんだ。イケメンじゃないし。

 

 頬に大きな傷があるのは牛の乳搾り中に蹴とばされたからだし、全身にある無数の傷も岩場の崖から落ちた時にできたんだ。

 お見合いの後はいつも気が沈むけど、今日は特にずしんと心に響いた。

 足に20kgのおもりがつながってると思うほど、帰宅の足取りは重かった。

 

 村外れの道は月に照らされて仄かに白く、真っすぐ俺の家の方まで続いている。

 所々の大きな木々が月影を作り、その薄暗さには正直、気味悪さを感じてしまう。

 盗賊が出やしないかと警戒して歩くうちに、前からランプを持った農家の二人組が近づいてきた。危険ではない人物の登場で、気味悪さが薄れていく。


 そのお礼の意味を込めて、すれ違いざまに、


「こんばんは」


 と挨拶をした瞬間、


「た、助けてくれえ」


 と、一目散に二人は駆けていった。そんなに俺の顔、怖かった? 怪しかった?

 もう死にたい……。


 ようやく道の行き止まりにあるわが家に着き、入口の扉を開ける。

 あれ? 鍵をかけてなかったか。

 部屋の机や椅子の配置に若干の違和感を感じ、すぐに金を保管してある引き出しを開ける。


「やられた……」


 もともと少ないわが家の財産は、きれいさっぱりなくなっており、俺はベッドに腰掛けながら引きつった笑いを浮かべていた。

 お見合いに失敗し、通行人に避けられ、ほとんど全財産を盗まれた。

 人生、詰んでるよ。


 もう、どうとでもなれ。

 俺は倒れ込んで、そのままベッドで眠りについた。


 §


 翌朝、起きた瞬間に「全て夢でした」的な展開を期待していたけれど、全く夢じゃなかった。

 金はどこにもなかったし、20連敗のお見合いも夢じゃなかった。

 これから、心を強くもって、どうやって暮らしていったらいいのか。


 とりあえずベッドルームから下りてキッチンに行き、昨日の野菜スープを温める。

 親父たちが使っていた木の椅子にギシリと音を立てて腰掛ける。

 ふつふつと音を立てる鍋と暖炉の炎を眺めながら、何もなくなってしまった自分の境遇に思いを馳せる。


 両親が亡くなってからの俺は、家に引きこもって絵を描いたり、ときどき釣りや買い物に出かけるだけの日々を過ごしていた。

 剣の師範になるとか冒険者になるとかいう、そんな大それた夢はもっていなかった。俺はただ、嫁さんと穏やかな毎日を過ごしていければ、それでよかったんだ。


 暖まったスープを木の椀によそい、中に入っているニンジンをスプーンの上に載せる。その湯気が立つニンジンを、ふうふうと口で冷ましながら口の中に入れる。

 熱い塊が胃の中に落ちていき、昨日から続いていた焦燥感がようやく落ち着いてくる。


 可愛い嫁さんなんて大それた夢だったと、自分で描いた女性の絵を眺めながら独りごち、そっと絵を机に置く。

 投げ捨てられないところが未練たらたらで、情けない限りだ。


 今すぐにでも、お金を稼がないと明日からたいへんだ。

 けれども、この町で楽に稼げる仕事は何も残っていないはず……。

 しょうがない。


 俺は親戚のおじさんの家へ向かって走り出していた。

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