第2話 俺は全てを無くした

 ――目を閉じていると、魔王城に突入するまでのことが思い浮かんでくる。

 ――これって、走馬燈って……やつ……か、な。





「ごめんなさい。私、無職の方とはお付き合いできません」


 農家の牧場には爽やかな風が吹いて、俺の髭が優しく揺れた。

 9月の涼やかな気候の中で、簡易ベンチの二人は微妙な距離をとったまま座っている。


 お見合い20連敗を達成した俺は、上を向き、ゆっくりと長いため息をつく。

 いつになっても「お断り」は慣れずに、心が締め付けられる。

 立ち上がり、隣の女性に別れを告げると、とぼとぼと農園のゲートに向かって歩き始めた。


 今日は何を食べようか、元気の出るものがいいなと考えながら、涙が出そうになるのをこらえて、薄暮の中を家路に向かって歩く。


 俺の名はデイル。


 定職を持たずにブラブラしている37歳男 、独身、ついでに言えば童貞だ。

 町外れの小さな剣の道場に住んでいる。

 といっても、親父が剣の師範だっただけで別に剣なんて興味はない。

 親父とお袋は俺が18歳の頃に亡くなり、それ以来ずっと1人暮らしだ。


 無職に嫁は来ないよな。


 今日の見合いの相手は、親戚から紹介してもらった農家の二女エミリさんで、胸は立派だがあまり気乗りはしなかった。

 その訳は……、俺には心に決めた女の子が脳内にいるからだ。


 ふっ(苦笑)、脳内。


 口の悪い連中は「牛の中にエミリがいても見分けがつかねえよ」なんて言ってたけど、会ってみたら凄く優しい子だったよ。

 お断りされたけど、エミリさんが悪いとは思わない。

 俺より年上だったけどな。


 悪いのは俺だ。


 金も地位もなく、その日暮らしの毎日を送っている。

 ついでに言えばやる気もない。

 いろいろ拗らせて、まともに女性と会話ができない。


 背だけは高く、ひょろっとした印象をもたれるほど体重がない。

 顔だって灰色の髭面、頭だって灰色のつんつん頭がトレードマークになっている。

 目がつり上がっていて、よく怖いって言われるんだ。

 イケメンじゃないし。


 ネガティブな妄想のために、俺の手は勝手に頬の傷を撫でていた。

 

 頬に大きな傷があるのは牛の乳搾り中に蹴とばされたからだし、全身にある無数の傷も岩場の崖から落ちた時にできたんだ。


 お見合いの後はいつも気が沈むけど、今日は特にずしんと心に響いたな。

 足に20kgのおもりがつながってると思うほど、帰宅の足取りは重かった。

 

 村外れの道は月に照らされて仄かに白く、真っすぐ俺の家まで続いている。

 二階建ての家を越えるような大きな木々が月影を作り、その薄暗さには正直、気味悪さを感じてしまう。


 盗賊が出やしないかと警戒して歩くうちに、前から鍬を持ってランプを下げた男の二人組が近づいてきた。

 危険ではないと判断し、ほっと気持ちが落ち着くのが分かる。


 そのお礼の意味を込めて、すれ違いざまに、「こんばんは」と挨拶をした瞬間、


「た、助けてくれえ」と二人は一目散に逃げていった。


 そんなに俺の顔、怖かった? 怪しかった? もう死にたい……。


 ようやく道の行き止まりにある古びたわが家に着き、入口の扉を開ける。

 あれ? 鍵をかけてなかったか。

 部屋の机や椅子の配置に若干の違和感を感じ、すぐに金を保管してある引き出しを開ける。


「やられた……」


 もともと少ないわが家の財産が、きれいさっぱりなくなっており、俺はベッドに腰掛けながら引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 お見合いに失敗し、通行人に逃げられ、ほとんど全財産を盗まれた。

 人生、詰んでるよ。


 もう、どうにでもなれと、俺は倒れ込んで、そのままベッドで眠りについた。


 §


 翌朝、起きた瞬間に「全て夢でした」的な展開を期待していたけれど、全く夢じゃなかった。

 金はどこにもなかったし、20連敗のお見合いも夢じゃなかった。

 これから、どうやって暮らしていったらいいのか。


 とりあえずベッドルームから下りてキッチンに行き、昨日の野菜スープの鍋を火に掛ける。

 煮え加減を判断するために、親父たちが使っていた木の椅子にギシリと音を立てて腰掛ける。

 ふつふつと音を立てる鍋と暖炉の炎を眺めながら、何もなくなってしまった自分の境遇に思いを馳せる。


 両親が亡くなってからの俺は、家に引きこもって絵を描いたり、ときどき釣りや買い物に出かけるだけの日々を過ごしていた。

 剣の師範になるとか冒険者になるとかいう、そんな大それた夢はもっていなかった。

 俺はただ、嫁さんと穏やかな毎日を過ごせれは、それでよかった。


 白い湯気が出始めたスープを木の椀によそい、早速、中に入っているニンジンをスプーンの上に載せる。

 その湯気が立つニンジンを、ふうふうと口で冷ましながら口の中に入れる。

 熱い塊が胃の中に落ちていき、昨日から続いていた焦燥感がようやく落ち着く感じがする。


 可愛い嫁さんなんて大それた夢だったと、机の上に置きっぱなしだった女性の絵を眺めながら、ため息をつく。


 すぐにでも、お金を稼がないと明日からの生活に支障が出る。

 けれども、この町で楽に稼げる仕事は何も残っていないよな。

 しょうがないと思いながら、俺は親戚のおじさんの家へ向かって走り出していた。

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