お嫁さんを探していた俺が、いつの間にか魔王討伐に出かけていた件について
ちくわ天。
第1話 俺は魔王城の近くにいた
「ねえ、デイルさん。明日、魔王の城へ突入するんですよね」
隣で焚き火にあたっている、長い黒髪の女性がおずおずと話しかけてくる。
短い肯定の言葉を発した俺は、遠くにそびえ立つ真っ黒な魔王城を睨みつける。
太刀を鞘から抜きだし、剣を月の光にかざしてひび割れがないかの確認に余念がない。
残りは二本しかないから大事に使わないとな。
「怖くないんですか?」
太刀をパチリと鞘に収め、ゆっくりと黒髪の女性に目を向ける。
「そりゃ怖いよ。世界で一番強いんだろ。死ぬかもしれないなあ。でも……」
その場にゆっくりと立ち上がり、剣の鞘を握りしめる。
「ウナさんを奪い去った奴らを、俺は絶対に許さない」
通常の俺とは全く違う、地獄の底から響くような声が出てしまった。
周囲で焚き火に手をかざしてた同行者たちは、首をすくめてしまう。
オレンジ色の短髪をくしくしと触っていた女性は、俺の意思を確認してくる。
「ふうん。人類を救うとか、世界に平和をもたらすとかじゃないんだね」
「俺の手はウナさんを助けるだけで精一杯だ。人類や世界は勇者に任せるよ」
火の周りにいる三人の女性が、互いの顔を見合わせている。
変な話だったかな?
「あの、デイルさん。魔王を倒すと人類を救ったことになると思うのですが」
「えっ? それはマズイ。何だか面倒くさそうだ……。もし倒したら、誰か『私が倒しました』的な話をしてもらっていいか?」
「ダメに決まってんだろ!」
「それはダメですよ。デイルさん」
即座に否定されちゃったよ。
夜も大分更けてきて、俺は目を開けているのが辛くなってきた。
「みんな、そろそろ寝ようか。寝不足は失敗のもとだって、ウナさん、よく言ってたからな」
「お前、どんだけウナさんが好きなんだよ」
二人の師範代は心底、呆れかえった声を出した。
もう一人も諦めたように黙って寝床に移動する。
俺は小枝を焚き火にくべながら、膝を抱えてその炎を眺めていた。
明日はゆっくりと話をしていられないから、これが最後の会話になるだろう。
眠ってしまう前に、戦う理由だけは話しておこうかな。
「あ、あのさ。今まで両親以外に俺を好きになってくれる人、いなかったんだよね。両親が死んでから37歳になるまで、俺はずっと一人だったんだ」
突然の告白に3人の同行者は身体の向きを変え、横になりながら俺の話を聞いてくれたんだ。
「女の人なんて、俺を避けてばっかりでさ。男の友だちだって少なかった。毎日、やってこない訪問者を待ちながら、俺は入口のドアを眺めてたんだ。夕方、窓の外を見て、俺、何のために生きてんだろってずっと思ってた」
話してみたら、さすがに恥ずかしいな。
「あの頃の俺は、命があるから生きてたんだ。それって、動物と何が違うんだろうな」
黒髪の女性の目から、ぽつりぽつりと涙が地面に落ちていく。優しい人なんだ。
「そんな中、ウナさんと出会ったんだ。いろいろあったけど、ウナさんはこの世で俺を好きだって言ってくれた、たった一人の女性なんだ。心の底から嬉しかった。人生で初めて『俺が必要だ』って言われた気がしたからさ」
こんな恥ずかしい話、真面目に聞いてもらえたんだ。
もう思い残すことはない。
「だから、取り戻す……。それが俺の生きる理由なんだ」
しばらく静寂が広がり、誰も一言も発しなかった。
やがて涙を拭いた黒髪の女性が、励ますような声を発してくれる。
「じゃあ。デイルさん。絶対に魔王を倒さないと」
「ああ。できるといいな」
「おいおい。お前しか倒せねえんだぞ。しっかりしろよ」
「まったく、この人は……」
仲間の励ましの言葉をありがたく聞きながら、俺はおやすみを言って体を横たえる。
地面の土臭さも、湿った寝床や毛布もかなり慣れてしまった。
でも、ウナさんが横にいないのには、どうしても慣れない。
旅に出て、もう1ヶ月になる。
満身創痍のパーティーが全力で戦えるのは、あと1日が限界だろう。
みんな、本当にごめんと心の中で謝りながら、俺は目を閉じていった。
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