第14話 俺は試合に出ることにした

「何!」


 俺は身体を起こして、クインテッドを睨みつけた。

 クインテッド慌てて、その理由を説明する。


「おいおい、俺を睨むなよ。帝国の第2王子がサリアさんを見初めたみたいでさ。正式に婚約を申し出たらしい。凄く、いい話じゃん。でも、マックール卿は断ったんだ。そのため、何かと嫌がらせを受けたんだ」


 横暴だな。相変わらず、あの帝国はいけ好かない。

 俺は胡座を組んだまま、思わず手も組んでしまう。


「修行に出た師範代も、本当は大金で帝国に引き抜かれたらしい。なりふり構わずだな」


 グイッと手を伸ばし、クインテッドは大きくストレッチをする。


「クインテッド。お前は練習試合に出ないのか?」


「バカ言え、俺なんて秒殺されちまうよ。でも、道場の娘っていうのも悲しいもんだな。政略のために、自由な恋愛もできないんだからな。あの美貌がもったいないぜ」


 クインテッドはゆっくりと、井戸に向かっていった。

 俺が後ろを振り返ると、いつの間にかサリアさんが悲しそうに立っていた。

 今にも泣きそうな笑顔って初めて見たよ。


「デイルさん。練習を始めましょう」


 珍しく、この日は俺が掴み掛かりに何度も成功した。

 師範代の動きは明らかに精細を欠いていた。


「師範代、どうしたんですか?」


 関節技もかけてこない。


「今週末の試合が気になっているんですよ」


 正座で座ったままのサリアさんが、俺を見つめている。


「ただの練習試合ですよね? 勝っても負けても練習になるだけだし。もしかして、負けたら結婚とかあるんですか?」


 俺はクインテッドの話を聞いてみた。

 嫌な話だからな。


「そんなの噂ですよ。結婚を申し込まれているのは本当ですけど」


「第2王子と結婚だなんて、凄い話に思えますが」


 その瞬間、サリアさんはさっきよりもっと悲しい目をしたんだ。

 俺をまっすぐに見つめ、井戸脇の木に手を掛ける。


「相手が王子様なら幸運……かしら? でも、私は別にそんな素敵な相手じゃなくてもいいの」


「?」


「私の父さまはね、男爵になった時に結婚の申し込みがたくさんあったの。でも、それを全部断ってずっと好きだった母さまにプロポーズしたんですって」


「へえ、素敵だな」


「でしょう。おかげで、いっつもベタベタ、イチャイチャしてるんですよ。もう、60近いっていうのにね」


 その微笑ましい光景が脳裏に浮かんでくる。

 俺もそんなのが理想なんだ。

 ウナさん、イチャイチャしてくれるかな?


「だからね。私もそんな結婚がいいなって思ってたの。しかも、父さまは母さまと20も年が離れてても仲良しなの。それも素敵じゃない」


 俺は曖昧にうなづくしかない。

 女の人でも年の差婚っていいのか?


「婚約の申し込みのときになんて言ったと思います?」


「ずっと一緒にいてください。とか、幸せにする、とか」


 サリアさんは、ふっと笑いながらそれを否定する。


「この幸運に感謝しろ、だそうですよ」


 はあ? 何だそれ?

 お前は幸運かもしれないが……。

 この可憐な師範代は違うだろうな。


「幸運に感謝して、ひれ伏さなきゃいけないらしいです。私は、そんな結婚は絶対に嫌ですね」


「だから、デイルさん。一緒に試合に出てくださいません?」


 泣きそうなサリアさんに考えさせてくれと答えて、俺はマックール道場を後にする。

 向かうは一閃道場だ。

 でも、サリアさんの話が気になって、全く集中できない。

 剣先が整わず、師範代から集中力が足りないと道場を叩き出されてしまった。


 俺は考えた。腕組みをしながら必死に考えたが、どうしたらよいのかわからない。

 そのまま家の門をくぐる。こんなときはウナさんの知恵を借りるに限る。

 

「おかえり〜……って、どうしたの? そんな難しい顔をして。難しいなぞなぞでも出されたの?」


 いつも通りのウナさんだ。

 俺はゆっくりとウナさんに全てを話していた。


「貴方がたくさん考えても徒労に終わるだけよ。それより、貴方はどうしたいの?」


「師範代を助けたい」


「じゃあ、そうするといいわ。それが答えなんでしょ?」


 そう言うと後ろに隠していた鳥の焼肉を皿ごと差し出し、机の上にゴトンと置く。

 ドヤ顔をしながら、俺に食べるよう勧めてくる。

 この前の一件があるからなあ……こわごわと肉を口に入れる。


 ええ! 凄い!!  薄くない!  美味い!!!

 その様子を見ていたウナさんは、いたずら小僧みたいに口角を上げて笑っていた。


「私がいつまでもエルフ料理だけしか作れないと思わないことね。お隣の奥様から、鶏肉料理のレシピを教えてもらったんだから」


 いつの間に、そんなコミュニケーションを。

 まあ、ウナさんは引きこもりじゃないしな。

 夢中で皿の肉を頬張っていく俺を、ウナさんは嬉しそうに眺めている。


「ところで……その、サリアさんって綺麗な人なの?」


 さりげない感じで尋ねてきたため、俺は警戒せずに思ったままを答えてしまう。


「ああ、すごく綺麗な人だね」


 その瞬間、鶏肉料理の入った皿がザオっと音を立てて、ウナさんの前に移動する。


「そ、その、一緒に住んでいる女性の前で他の女性を褒めるなんて、本当にデリカシーのない男ね。北方のバーバリアンといい勝負よ」


 明らかにプンプンと怒っている。理不尽。


「いや、ウナさんの前でこんな話はふさわしくなかった。ただ、助けてあげたいって思ったんだ」


「綺麗な人と縁ができるから?」


「違うよ。綺麗な人なんて、今、俺の目の前にいるじゃないか。そうじゃなくて、悲しい思いをしている人を見捨てる男なんて、ウナさん、嫌いだろ」


「ま、まあ、そうね。あと、突然、そんな風に言われると、私もどう返していいのか分からないのだけれど」


 心なしかサリアさんの顔が赤い。

 すると、俺の前にざっと山鳥料理が戻ってくる。


「そんな事情があるなら、その人を助けるといいわ。ただ、私は貴方の誠意に邪な気持ちが混じっていると感じるのだけれど」


 そう言いながらパンを俺の前に差し出してくれる。

 凄い幸せな瞬間だな、これは。


「私も応援する。悲しい人を助けてあげて」


「おう!」


 ウナさんのウインク、美しいな。

 結局、料理を腹一杯食べた俺を見てウナさんは呆れてたよ。

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