第15話 俺は背中を踏まれた(開発)

 次朝、俺はマックール卿の部屋のドアを叩いていた。

 のんびりとした声で「どうぞ」と入室を許可され、勢いよくドアを開く。

 卿は窓際の椅子に座りながら、コーヒーを楽しんでいる最中だった。

 へそに力を入れ凹んだ腹を押さえながら、俺は自分の決意を口にしていた。


「負けるかもしれないですけど、試合に出てもいいですか?」


「おお、その気になってくれたか!」


 コーヒーカップをソーサーに置いた卿は、機敏に立ち上がり俺の肩をバシバシと叩いてきた。


「すぐにサリアに知らせてやってくれ。きっと喜ぶよ」


 挨拶もそこそこに、俺は外の練習場へと走っていき、サリア師範代を探す。

 木の枝にぶら下がって腹筋の練習に励んでいた師範代は、頭を下にしたまま俺に声をかけてきた。


「デイルさん、練習試合に出てくれるんですね」


「はい、まあ練習試合なんで」


「ふふ、そうですか」


 そのまま音もなく地面に降り立った師範代を見て、身軽で隙がないお嬢様だなと感心する。


「ただ、あと4日でデイルさんが難しい技を習得できるとは思えないんです」


 全く同感だ。


「だから、掴んだら投げるを徹底すればいいと思うんです」


「投げる?」


「それも相手への攻撃になります」


 そう言うと早速、俺に実戦形式で説明を始めた。

 俺の腰を掴んでいるサリアさんは、頭を腹につけたままだ。


「こうやって相手を掴んだら、ひねって、投げる」


 ひねった途端に俺は空中で半回転し、バランスを崩したまま背中から地面に叩き落とされる。

 さすが師範代。


「どう? 私でも重い体重の人を投げとばせるんです」


 自慢げなサリア師範代、物凄く可愛いな。

 ……ウナさん。

 これは素直な感想で浮気じゃないよ。


「じゃ、実践です」


 その日から、俺はずっと投げられ続けた。

 師範代、容赦ないッス。

 しかも、


「こんな風に荒々しく組み伏せられて……」


 と、いつも独り言をつぶやいているのが気になった。


 §


「貴方ねえ、背中がこんなに腫れ上がっているなんて、本当に大丈夫なの?」


 ため息をつきながらウナさんは呪文を呟き、治癒をかけてくれる。

 緑色の癒やしの手が、腫れた背中に心地よい。


「ほら、力を抜いてうつ伏せになって!」


 そう命じると、ストンと寝台に立ち、さらにぴょんと俺の背中に立つ。


「?」


 そのまま、トントンとリズミカルに俺の背中を踏み始めた。

 これは、なかなか気持ちがいいぞ。

 そんな俺の様子を見下ろしながら、ウナさんは溜息混じりの口調になる。


「踏まれるのがいいなんて、もしかして特殊な性癖をもっているのかしら? 女性に踏まれて興奮するとか」


 それは否定できない。


「人を変態みたいに」


 一応抗議の声を上げてみる。

 背骨の横をウナさんにトントンと踏まれると、筋肉がほぐれて血が正常に流れていくのを感じる。


「私の手じゃ、あなたの背中のコリはほぐせないしね」


 アクロバットみたいに俺の背中でダンスを踊っているみたいで、かかとがツボにしっかりと当たる。

 半時ほど治療をしてもらい、俺の身体からはすっきりと疲れが抜けていた。


 ウナさんは満足そうに俺の背中をバシンと叩き、トンと床に下りる。

 そして、自分のベッドに腰掛けて、足をブラブラさせていた。

 俺はそのまま自分のベッドで仰向けになる。

 ウナさんは足の動きを止め、俺を励ますようにささやいた。


「じゃあ、試合、応援してる。見に行ったほうがいいのかしら?」


「本当はそうしてもらえると嬉しいけど、帝国の奴らってヤバそうだから、ここで応援してて。ウナさんが連れていかれそうになったら、俺……」


 ふふと笑みを浮かべたウナさんは、俺の方へ指をくるくるさせる。


「貴方が試合に集中しないで、私ばかり見ているのも嫌だしね」


「まさか、そんな」


「ないの?」


「あるかも……」


 勝ち誇った顔でウナさんは笑顔になる。


「分かったわ。じゃあ、美味しい料理を用意して待ってる。サリアさん、連れていかれないといいわね」


 そう言うと、こっちのベッドに近寄って、髪の毛にキスをしてくれた。


「おまじないよ。貴方の無事を祈って」


「じゃ、じゃあ、俺も」


「それは調子に乗りすぎだと思うのだけれど。試合の前にイヤラシイ妄想は控えるべきね」


 いつも通りのウナさんに思わず笑ってしまう。


「その笑いは何かしら?  まさか言葉攻めで劣情を催したとか」


「いや、ウナさんは、いっつも可愛いなと思ってね」


「バ、バカ言ってないで、早く寝なさい!」


 背中を抜けたウナさんから、小さな声が響いてくる。


「エルフ語(貴方の勝利を願ってるわ。ほかの女の子に目移りしないでね)


 試合前日は、静かに過ぎていくのだった。


 §


 当日、試合前に意外な出来事が起こっていた。

 朝、タンニングをしていたマックール卿が暴漢に襲われ、足に怪我をしたのだ。

 普段の卿なら返り討ちにしてしまうはずだ。やはり、サリアさんの身のふり方が気になっていたかもしれない。

 誰の仕業かわからないが、同じ時刻にマックール道場の裏門から人目を避けるように中に入った帝国の男を門下生が目撃している。


「卑劣な真似を!」


 サリアさんが血が出るほど手を握りしめている。

 親善試合前にこんな真似をするなんて、正直、俺の理解の範疇を超えている。

 定刻通り、試合が開始されたけれど、先鋒のマックール卿は負けてしまった。

 それはそうだろうと道場に動揺が広がっていく。


「私が戦ってきますね」


 優位に戦いをすすめていた次鋒のサリア師範代だったが、相手に蹴りを叩き込んだ瞬間、逆足を踏まれて動けなくなってしまう。


「反則よ、足を離しなさい」


 けれども、男は足を踏んだままで逆にサリアさんを蹴りつけてきた。

 受け身を取れないまま、敵の足はサリアさんの顔を痛撃し、5mほど吹き飛ばされ倒れてしまった。


「師範代!」


 俺が慌てて駆けつけると、サリアさんはぐったりとその場に横たわっていた。

 頰が赤く腫れ上がってくる。


「ご、ごめん……」


 サリアさんの瞳から、つうっと一筋の涙が頬を伝わって、そのまま気を失ってしまった。


「あ、ごめんな。思わず反則しちゃったよ。そっちは、もう一人誰か別の人を出していいぜ」


 ニヤニヤしながら帝国の先鋒の男はマックール道場側に提案をしてきた。

 マックール道場から一人を代役に立てたけれど、3分ももたずにその場にうずくまってしまった。


「これが名高いマックール道場か?  強いと評判のお嬢さんは、道場じゃなくてベッドの中で暴れるほうが似合ってるぜ」


 マックール卿を闇討ちし、先代師範代を引き抜き、今、反則で師範代を痛めつける。

 これが帝国のやり方か。

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