第12話 俺は生活を見直した

「おはよう、デイル。よく眠れた?」


 ……ねえ、ウナさん。

 まだ、日が昇っていませんよ。

 俺は毎日5時に山に向かって出発してたけど、それより早いんですね。


「残念だったわね。貴方の卑猥な願望を叶えられなくて」


 ウナさんより早く起きて、寝顔をじっくりと眺めようと思っていた俺の心を読んだのか? 

 毒舌な口調とは裏腹に、ウナさんは満面の笑顔だ。

 朝から幸せな気分を満喫する。


「ところで、デイル。朝ご飯を作ってみたのだけれど」


「それは嬉しい。早速、キッチンに行くから」


 キッチンテーブルの上には、白パンとトマトが並べられ、その横にはチーズとレタスが並んでいる。

 バターも添えていて、ここまでは及第点だ。


「で、スープも作ったんだけど」


 と言いながら、コトンと木の椀を俺の前に置いてくれる。

 野菜のスープか。湯気が立っていて美味しそうだ。

 横に添えたスプーンでスープをすくい、口に入れる。


「ん?」


 味がしない。お湯?


「うん、美味しくできた!」


 あれ? スープを飲んだウナさんは笑顔になっている。

 俺の味覚がおかしいのか。

 全く美味しくないんだけど。


「あのウナさん」


「何?」


 ああ、この笑顔が胸に突き刺さるなあ。

 でも、俺は言う。


「あ、あのさ、味がしない。ほぼ野菜って感じがする。テーブルの上に塩があるといいな」


「何言ってるの? 塩なら入ってるし」


「多分エルフとニンゲンの味覚の違いだと思う」


「ふうん。いろいろ違うのね」


 ウナさんは立ち上がってキッチンから塩入れビンを持ってくると、コトンとテーブルの上に置いてくれた。

 俺は椀に塩をさじ半分だけ入れると、ちょうど自分好みの味になるのを発見する。


「両親以外で料理を作ってくれたのはウナさんが初めてだよ。ありがとう。本当に嬉しい」


「そ、そう? 次は塩を多くしてみようかしら」


「いや、今のままでいい。2人で一緒に食べたいからね」


 互いに舌鼓を打ちながら、俺たちは初めての会食を楽しんだ。

 食器を片付け、あらためて二人は向かい合う。

 でも、ウナさんは椅子を動かして俺の右隣に移動してきた。

 青リンゴの香りとベルガモットの香りが混じった、爽やかな匂いが俺を包み込む。


「じゃあ、俺のこれからの目標なんだけど」


 ドキドキを隠しながら、目の前に置いた紙に羽根ペンで目標を書く。

 1 ウナさんと結婚するために有名な冒険者になる

 2 体力をつけるマラソンは続ける。

 3 2つの道場(格闘技、剣)に通う。


「結婚のためって露骨ね」


「自分で言っておきながら何を……」


「か、勘違いしないでね。そんな可能性もあるって提案しただけなのだけれど」


 口を尖らせている様子も美人。

 でも、すぐにウナさんは真顔に戻る。


「でもね。有名な冒険者になると危険も伴うから私も同行する。待ってるだけって性に合わないし」


 それは素敵な提案だ。


「いつも一緒なのは嬉しい。ただ、冒険者って、どのランクまでいけばいいのかな?」


「お金に困らないのは、B級冒険者って言われてるからB級でいいんじゃない? お金もそこそこ稼げるし、A級やS級なんて死んじゃうからね」


「そうだね」


 俺はペンにインクをつけ、


 1 ウナさんと結婚するためにB級冒険者になる

 2 体力をつけるために、20km走る日、40km走る日を設ける。

 3 2つの道場に通う


 と書き込む。それを見ていたウナさんは羽根ペンを持ち、


 4 しばらく、ゆっくり過ごす


 を付け加える。

 

「これも大事だと思う。とにかく1週間はのんびりしましょ」


「ん? ウナさんって、のんびりするのが嫌そうなイメージがあるけど」


「そうでもないわよ。平和と自然を愛するエルフだし」


 そう言うとペンを置いて、下を向いている。


「エルフ語(せっかく二人きりなのだから、一緒に生活を楽しみたいし)」


「何か言った?」


「ううん。何も」


 顔を上げて、へへっと笑った顔つきになる。

 ウナさん、笑顔率が高いな。


「じゃあ、明日からゆったりしましょう」


「うん、でも何をしようかな?」


「自分が嬉しくなる瞬間を思い浮かべたら」


 思い浮かべたら、ウナさんと話したり、散歩したりする姿が浮かんできた。


「それでいいなら、今から行きましょう」


「よ、よし!」


「そこまで気合いを入れなきゃいけないかしら」


 そのまま二人で玄関のドアを開ける。

 爽やかな朝の空気を思い切り吸い込み、太陽を眺める。

 白い雲が所々に浮いているけれど、今日も快晴。

 洗濯物が乾くだろう。


 相変わらずウナさんは笑顔で何かを歌っている。

 そんなに大きな声ではないけれど、心に染み渡るメロディーなのだ。


「何よ? 変な顔をして。また。地面に落ちてたジャガイモでも食べたの?」


 ウナさん、俺は道で拾い食いなんかしないよ。

 いい年なんだから。


「いやあ。いい声だなって思って」


「あ、それでそんな変な顔をしてたの?」


「変はひどいな」


 二人で笑いながら畑の中を歩く。

 俺の家は道の行き止まりだから、畑や森を歩くしかないんだよな。

 それでも、このラディッシュはもう少しで食べられるねとか、ニンジンはスープで食べるのが好きとか、たわいもない話ばかりしていた。


 でも、それが俺の求めている生活だった。


 夜になれば、月や星を眺めて歩き、流れ星が見えたと言っては二人で喜んだ。


「ウナさん。ウナさんは何か願い事をした?」


「ええ、したわよ」


「何かな?」


「エルフ語(こんな穏やかな日々がいつまでも続いてほしいって祈ったの)」


「?」


「何でもないわ」


 そう言って家に走っていくウナさんだった。

 何か、変な指摘をしてしまったのかな? 俺。

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