第11話 俺は連行された

 やっぱりか……。

 ウナさんはどう見ても20歳には見えない。

 それにエルフにも見えない。


 神聖北方正教会の教義に背いていると疑惑をかけてきたのだ。

 彼らも言っていた成人前の女性と結婚する「婚姻条例違反」の罪だ。

 

 こんな時だけ教会の動きは早い。

 俺はウナさんのトランクを素早く家の中に運び込み、すぐに下級神官の前に戻る。

 

「さ、貴方も教会まで同行を願います」


 下級神官がウナさんに触ろうとするのを見て、俺は思わず声を荒げる。


「おい、その人に触るんじゃない!」


 ウナさんは、小さく微笑むと、


「貴方も心配性ね。私は貴方以外に触れさせる気はないのだけれど」


 と宣言し、呪文を唱える。

 明らかにウナさんの周りを風が吹いている。

 

「私の周りに結界を張ったわ。怪我をしたくなかったら、うかつに手を出さないことね」


 下手にもめると異端審問にかけられかねない。

 俺が後ろ手を拘束されているのを見て、ウナさんは抗議の声を上げたけれども、俺は目でそれを制する。

 言い分はたくさんあるが、とにかく抵抗せずに近くの教会に向かって移動を開始した。


 俺はすぐに小さな部屋に通される。

 目の前には中級神官1名と下級神官2名が机を挟んで、俺を見つめていた。

 下級神官が自然に俺の横に移動したのを合図に、座っている中級神官が尋問を開始した。

 

「で、あの子の年齢は?」


「だから何度も言ってる。45歳」


「そう見えないな」


「あの子はハーフエルフなんだ。だから年齢は俺より上だ」


「うん? ハーフエルフ?」


 疑惑の眼差しはさらに強くなる。

 それでも、顔見知りの下級神官が事情を汲んで提案をしてくれた。


「エルフなら教会所属のエルフに確認させたらどうでしょう。エルフであれば年齢はだいたい上でしょうね」


 当初、中級神官はその提案を拒んでいたけれど、いつの間にか教会所属のエルフが呼ばれたために諦めたようだ。

 そのエルフは俺から見るとかなり高齢に見え、何歳なのか逆に気になった。

 すぐに、隣の部屋からウナさんが呼ばれる。


「エルフ語(わたしはエクネ。あなたは、どの部族のエルフなの?)」


「エルフ語(わたしはウナ。この前までアリアンロッド部族の一員だった)」


「エルフ語(そう。ウナ、気をつけて。この神官たちはエルフにあまりいい思いを抱いていないから)」


「エルフ語(分かった。こいつらは駄目なニンゲンだね)」


「エルフ語(そうなの。ところであなたは45歳でいいの?)」


「エルフ語(はい。ハーフエルフなんです)」


 教会所属のエクネさんは、すぐにウナさんの情報を神官たちに伝えてくれた。

 結局、45歳のハーフエルフだと証明され、何も問題はないと明らかになる。

 中級神官は不満そうだが、ようやく解放される。


 時刻は21時を過ぎていた。


「ああ、何だか面倒ね。シンプルなエルフの生活とは大分違ってるわね」


 ウナさんは背伸びをした後、小さなあくびをする。

 俺も手ついた紐の後を擦りながら、同意する。


「今まではこんな面倒事がなかったんだけどな。俺、ずっと結婚してなかったから、悪いことをしたとでも思ったんだろ」


 俺の様子を見ていたウナは、心配そうに手に触れる。


「ね、手首は大丈夫? 治癒をかけるから」


 そっと俺の両手を包み、緑の光で治癒してくれる。

 月明かりの下、なぜか涙が出そうになる。


「あ、ありがとな。おかげで、跡もなくなった」


 感情をごまかすために大きな声を出す。


「そんなのお安いご用よ。さあ、貴方の家に案内してちょうだい」


 月は頭上まで上っており、その光が俺たち二人を明るく照らしていた。

 ようやく到着し、すぐに家の扉を開ける。


「これが貴方の家?」


「ま、そうだ」


「ふうん。まあ、悪くないわ。周囲に木がたくさんで精霊たちも嬉しそうだし」


「いるのか?」


「それなりにね」


 中は居間、キッチン、俺の部屋、親父たちの部屋、トイレのある小さな間取りになっている。

 空いている部屋は親父たちの部屋だが、しばらく使われていなかった。


「ここはまだ掃除されてないようね。じゃあ、とりあえず貴方の部屋に寝ることにするわ」


「は?」


「か、勘違いしないでね。私が貴方のベッドを使い、貴方は別の何かに寝るといいわ」


「俺の部屋なのに?」


「紳士ならそうするはずよ」


 その言葉に納得しつつ親父たちの部屋から、簡易ベッドを運び込む。

 もともと狭い部屋がますます狭くなるが仕方ない。


「まず私が寝床に入るから、貴方は呼ぶまで外で待ってて」


「え? 何で?」


「寝る時は裸だからよ」


 何でもなさそうに言いましたが、それって……。

 俺の視線に気がついたウナさんは、赤くなりつつ弁明をする。

 

「気持ち悪い勘違いをしないで。エルフでは寝る時に服を着る習慣がないの」


 まあ、俺も寝る時は裸が多いか。

 でも、そんなに気にするなら別の部屋で寝ればいいのに。


「さ、早く出て行って」


 まあ、ちょうど戸締まりをする必要もあったし、水も飲みたかったので、部屋を出ていく。

 全てを済ませ、そっと部屋に戻ってくると、すでにウナさんは可愛らしい寝息をたてていた。


 何だか夢みたいだな。

 月明かりの下、こんな女の子が俺の部屋で寝ているなんて。

 しばらく、その寝顔を見ていると、


「妙な下心は貴方自身を滅ぼすわよ。貴方も早く寝たほうがいいわ」


 目を瞑ったまま、びしっと釘を刺される。

 何をされるんだろう。


 怖いので俺もすぐに眠る準備をする。

 パンツ一丁になって簡易ベッドに横たわる。

 埃っぽい上に、ギシギシと音を立てている。

 明日は、ベッドを整えるか。


「じゃあ、お休み」


 挨拶をすると、小さな声でお休みと返事が返ってくる。

 やっぱり、いいもんだな。

 俺が横になり眠る体勢になると、小さなつぶやきが聞こえてきた。


「エルフ語(これからよろしく。一緒に寝るのは、まだ先よ)」


「ん? 何か言った?」


「何も! 早く寝なさいよ」


 そうして、ようやく俺の部屋に静寂が訪れたのだった。

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