第10話 俺は同行者を得た

 ウナさんのトランクを担ぎながらベルデト山を下りているとき、俺は何だか現実感がなかった。

 契約を結んでいないのに、ウナさんが家を見に来ると宣言したからだ。

 しかも、エルフ語で歌なんて歌ってる。


「あの、ウナさん。楽しそうですね」


 足取りも軽く、まるで踊っているかのようだ。

 ウナさんは慌てて笑顔を消し、真顔になる。


「あ、貴方の目にはそう見えるのかしら。そうだとしたら、その思い上がりの認識を改めた方がいいわ。私の胸の中には不安しかないのだけれど」


「でも、歌……」


「こ、これは、魔除けの歌よ! ニンゲン界には邪気がたくさんだから、は、祓っているのよ!」


 でも、楽しそうな曲想だったけどな。まあ、そう言うならそうなんだろ。

 街道に出るまでもウナさんの足取りは軽い。

 エルフって華奢に見えるけど、ずいぶん体力があるんだな。


「そうね。少なくとも貴方よりはあると思うわ。でも、貴方もニンゲンにしてはある方よ」


 けれども、もう37歳だし伸びは鈍化する。それに次の目標もぽっかりと空いたままだ。

 青空に浮かんだ白い雲が、何だか悲しく見える。

 俺たちは山道を下り、ようやく街道の上を歩き始めていた。


「若い時は何でも急激に伸びるけど、少し年を取ってからでも伸びないわけではないわ。諦めなければ、間違いなく成長するはずよ」


 相も変わらず軽やかな足取りで、ウナさんは俺の横を歩いている。

 黙ってしまった俺の腰を、元気を出せと言わんばかりにバシッと叩く。


「貴方から努力をとったら何が残るの? 髭と傷跡しか残らないわよ。貴方の夢は確か「お嫁さんと結婚する」だったかしら。じゃあ、有名な冒険者になればいいのよ」


「有名な冒険者?」


「もし、そうなったら……私、お嫁さんになってもいいわ」


「えええ!? 本当に?」


「本当よ」


 おおおおおお! これは俄然やる気がでてきたぞ!

 じゃあ、早速、家に戻って特訓だ!!


「エルフ語(ふふ、単純ね。本当はもう婚約しているのだけれども)」


 ん? 何か言いました。


「ええ、単純な髭ダルマって言ったのよ」


「酷いな」


 ウナさんは、ふふっと笑顔のまま踊る足取りに戻る。

 俺もさっきとは違った足取りになる。

 自分の進むべき方向が地平線の上に現れた気がした。


「じゃあ、少し急ごうか。ウナさん、走れる?」


「誰に言ってるの? 貴方の心配は、亀がカモシカに向かって走れると心配しているようなものよ」


 安心した俺はゆっくりと走り出す。

 ウナさんが横を走ってくるのを横目に、俺は少しずつ速度を上げていく。

 進んでいくと街道にちらほらと商人や農民たちが見えてくる。


 俺たちは、その横をすり抜けて走っていく。

 ただ、人々の目はウナさんに釘付けとなっていた。

 きらめく金髪とあの容姿だから、どうしたって見てしまう。


 俺は足を少しずつ緩めて、木陰で休憩すると告げる。

 ウナさんも、ほんの少しだけ汗をかいているのが見える。


 ちょうどいい頃だ。

 木陰の倒木に腰を下ろし、背中の袋から革袋を取り出す。

 この水はベルデト山の水だから美味しいはずだ。


「ウナさん。これ、良かったら」


「あら、ありがとう。貴方にしては気が利く振る舞いね」


「別に普通だ」


 ウナさんは革袋を受け取ると、直接、こくこくと水を飲む。

 何をしてても可愛いな。

 

「ふうん。あの川の水を汲んできたのね」


「ああ、かなり美味しいからな」


「同感ね」


 返ってきた革袋で自分も水分補給をする。

 ウナさんは、木々の間を歩き回りながら、相変わらず歌を歌っている。

 凄く綺麗な声で、鳥がさえずっているかのようだ。

 それを、旅人たちがガン見する状態になっている。

 

 ウナさんは人目を引きすぎる。

 トラブルに巻き込まれないか心配だし、トラブルがあったらすぐにエルフの里に帰るかもしれない。

 それは困る。


「ところでウナさん」


「何かしら?」


「ウナさんは何歳なのかな?」


 ウナさんは可愛い眉をひそめて、腰に手を当てる。


「貴方ねえ。女性に歳を聞く時は、もっとスマートに聞くべきよ。マナー違反も甚だしいわね」


 いや、それを聞いたのには訳がある。

 俺はウナさんの近くに寄り、耳元でささやく。


「大事な話なんだ。何歳?」


 ウナさんは顔を真っ赤にし、


「貴方はエルフの耳が、感覚器官の中で特に敏感だと本で学ばなかったのかしら? 私も例にもれず弱いと覚えてもらえると嬉しいのだけど」


 と抗議の声を上げる。


「すまん。で?」


「45歳よ」


「ええ、結構、歳を……」


 ドス! 俺の腹に可愛いパンチが打ち込まれる。

 意外に効く。


「エルフの年齢はニンゲンの年齢÷5が目安よ。私はハーフエルフだから÷2.5ね」


「とすると」


「まあ、ニンゲンでいうと18歳かしら」


 だよなあ。

 若いよ。

 とすると、やっかい事が起こりそうだ。


「ん? 何かあるの?」


「いや、なければいいなと思って」


「?」


 そうして、休息を取りつつ、ようやく家にたどり着くと、家の前は町の衛士たちによって取り囲まれていた。

 体調が俺たち二人を見て、声を張り上げる。


「デイル。お前を婚姻条例違反の疑いで逮捕する」

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