第7話
そんなことを思っている矢先だった。
その日俺は久しぶりに、商店街の裏道へ行き、そこら辺にいる奴らから、金を巻き上げていた。
金をすぐに出さない場合は少しのお仕置きと共に……
するとコツコツとハイヒールの音がしたため、俺は手を休めて、その音がした方向を見た。
彼女だ。俺はそう直感した。
「あらら。この私をみて睨みを聞かせてきた人なんて、本当に久しぶりですわ。それに、あの子とどこか似た目をしていらっしゃいますわね。そんなことを言っても、あなたにはわからないのでしょうけれど」
服装は全く違ったが、この甘ったるい声と女の目はあの時のままだ。
「いや?藤田未兎。お前のことは今この世にいる人間の中では本人を除いて1番知ってるんじゃないか?それに昔あったって言う俺と同じくお前を睨んだ男ってのはこの俺、浅黄鳥冥のことだろ?」
やっと会えた。俺の憧れの人。殺人鬼と恐れられながらも、俺と話をして俺を殺さず生かしておいた女が今目の前にいる。
数年ぶりに会えた彼女は驚いた様子で、口をぱくぱく開いている。まさかもう一度この場所で俺と会えるとは思っていなかったのだろう。
「やっと会えたわ〜〜〜!!!!あの後君の家に行っても、どこかへ行ったっきり全く戻ってこないって言われてたし、もう死んじゃったのかと思ったのよ?しっかしまぁ、この場所で会えたのもまた運命なのかしらね。この場所は、私が初めてあなたと会った場所ですものね」
こいつ…俺の家に一回来ただけで場所を完全に把握するとか、どんな脳みそ持ってんだよと突っ込みたくなったが、あくまでも未兎は殺人者だ。それも凄腕かつ気が狂った殺人鬼。そんな彼女の気に触るようなことを言って今この人生をおじゃんにするつもりはさらさらない。
「久々に来てみるもんだな〜お前と会った後俺は裏の世界でずっと暮らしてたんだぜ?その間もずっとお前の殺した人間の情報だけは入ってきた。な、なんだ…その……もう一度、未兎と話ができればいいな……とは思ってたし………」
いつかもう一度会えたならと、ずっと思っていた。
俺の人生の中で数少ない尊敬できる人。
そして、俺の唇を奪っていった女。
あれだけ会えた時に言おうと思っていた言葉は途絶え途絶えで、果たしてまともに伝わっただろうか。
それすらも不安になるこの状況。
そんな俺をみて未兎はハイヒールを鳴らせながら近づいてきた。
何をするのかと身構えるが、彼女は俺の予想外の行動に出た。
「あの日から、だんだん私は自信を無くしてしまっていました……あなたに名前を聞かれ、私は本当の名前すら忘れてしまったのだと。それからの私は自分を保つことに時間を費やしました。私という存在は、どのようなものなのか。結局結論を出すことは叶いませんでしたが、私をそうさせてくれたのは君なのよ?ちゃんと、責任とってくださいね?」
言葉を発している間も、絶えず歩き続けてくる未兎。
「ちょ…責任とれってったってどうし……!?!?」
俺が言いかけたところで彼女は俺の目の前まできていた。そしてその勢いは止まることなく、そのまま俺に抱きついてきた。
「な…なにを!?」
「ごめんなさい。しばらくこうさせてちょうだい。私にだって怖いことはあるのよ?前まではこんなことはなかった。君に会ってから、私は自分のことが不安で不安で仕方なくなってしまった…」
彼女の声は震えている。
「なぜ人を殺すのか、君は昔、私にそう言ったのを覚えているでしょうか。あの時の私は、人の死ぬ寸前の苦しそうな声がたまらないと言ったのですが、あれから私は、私自身の言葉について、考えるようになりました。あの時私が言った言葉は本当に心から思っていることなのかと……そうして悩んでいるうちに、また一人、また一人と私の元へくる人間を殺していく私があります。そんな私に嫌気がさしていたところで、私は何度もこの場所に来ては君がいないかを探していました」
たった1日の出会い。それだけで彼女はずっと悩み続けていたのだというっことを今はじめて知った。
「なぁ…未兎…お前はどうして……」
俺の言葉を遮るようにして、彼女がまた口を開いたので、俺はその先の言葉を続けることは叶わなかった。
「今回も会えなかったか……そう思うたびに、私の心の中が締め付けられるような感覚が残り続けました。本当は今日で、やめにするつもりだったんです。この場所で君のことを思い出すのを……けれど君はこの場所に来てくれた。それだけで、私は救われたんです。だから、しばらくこのままいさせてください」
さっきまで痛めつけていた男がのされていて助かった。
こんな状況、誰にもみられたくない。
あたりはだんだん夕焼けに染まり、未兎の温かな背中にとても明るい血がかかっているようだった。
月が見え始めた頃、未兎はすっと離れ、そのまま立ち去ってしまった。
あの時と同じように、別れも告げずに……
「未兎……」
せっかく会うことができたのに、何も言いたかったことは伝えられなかった。彼女のペースに乗らされ、一方的に悩みを聞かされ、それに何か言ってあげられることもなく、彼女は去ってしまった。
まったくどこまで、彼女は俺を利用すれば気が済むのだろう。
俺を殺すかと思ったら気が変わったと生かし、今度は言いたいことだけ言ってどこかへと行ってしまった。
俺の気持ちも考えろってんだ。
あの日から俺は、ずっと未兎に憧れ、尊敬し、好意を抱いていた。
伝えようと思っていた言葉だって、用意していた。
あの雰囲気の中で俺は、自分の気持ちなど伝えられなかった。いや、彼女自身が伝えさせようとしなかったのかもしれない。
「はぁ……」
未兎に会うことができたのならこの気持ちも晴れるかもしれないと思っていたが、そんなことは全然なく、かえって悩み事が増えてしまった。
俺はとぼとぼと、あの日未兎を連れていった公園へと向かう。
もしかしたらこの場所に彼女はいるのかもしれないという淡い期待を込めながら。
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