第6話

その日からおれは、家に帰っていない。


表の人間ではなく、裏の人間として生きることを、その時、おれは決断したのだった。


いきなり殺人を犯すことはためらわれたため、まずは軽いことから始めた。すりや窃盗、金の巻き上げ……


人混みの中に紛れては、すっとズボンの後ろポケットから財布を抜き取り、金だけ抜いてそこらにポイっと捨てる。


盗んだものをずっと持ち歩いているだけでは、すぐに危険だということに気づくことができた。


財布などはそれぞれに特徴がある。足がつくようなものを持っているのは、自ら捕まえてくださいと言っているようなものだ。


そんなヘマをして、捕まった人間を何人も見てきた。あとで売りつけて金の足しにするんだとは言っていたが、そんなことをしたところで大した金の足しになるわけもなく、せいぜい紙幣1枚程度にしかならない。なんと効率が悪いんだとおれはそいつらのことを笑っていた。


そして次第に、腕っぷしもだんだんと強くなっていった。


喧嘩をふっかけてきたやつらを返り討ちにし、逆に金を巻き上げる。


実に効率的かつ、開放感があるものだった。


未兎とはじめて会った日から数年後、俺ははじめて殺人を犯した。


きっかけはただの当たり屋だった。


男が俺にぶつかってきて金目のものを置いて行けと言われた。


俺が黙って金目のものを置いていくわけもなく、男に掴み掛かり、殴って、殴って、殴りまくった。


男は少しの抵抗の後、まったく動かなくなった。


しばらく何も動かなくなった男を眺めているうちに、男は息をしていないことに気がついた。


その瞬間、俺は殺人に手を染めたのだと自覚した。


彼女-藤田未兎-と同じ殺人犯になったのだと。


彼女は人を殺す時の今にも死んでしまいそうな声がたまらないのだと言っていた。


俺には、そんな余裕などなかった。


ただ必死に、男を殴りつけていただけだ。いつ反撃されて形勢が逆転してもおかしくないこの状況で、そんな余裕など作れるはずもなかった。


人を殺したところで、なんの快楽も得られなかった。


それだけが俺の中に残り、自分から人を殺したいなどとはまったく思えなかった。


これは一応、正当防衛ということで処理されるのだろうか。そもそも喧嘩をふっかけてきたのは男の方だったし、俺は必死で殴っていただけだ。自分の身を守るために。


そう思うと、人を殺したという事実から目を背けることができた。


未兎に言われいつかはやってみたいと思っていた人を殺すという行為も、終わってしまえばなんということでもなく、周りでは時間は流れ続けてゆく。


ただし、俺が殺した男の顔は、俺の脳裏にびっしりとこびりつき、今でも脳裏に刻み込まれている。


そしてその男は、夢で俺にいうのだ。


「絶対にテメェを許さない」


と。俺は何度、この夢のせいで真夜中に起きたことだろう。


そしてそんな日は、これ以上寝ていられず、どこかをフラフラ歩くしかないのであった。


このまま裏の世界に居続ければ、いつかは未兎に会うことができるかもしれない。


どうでもよくなった世界で、俺が生きている唯一の理由だった。


未兎にあって何かをしたいというわけではない。


ただ会いたい、それだけで、あぁ明日も生き抜いてやろう。という気持ちになるのだった。


彼女は今でも活動を続けていて、たびたびニュースで彼女の犯行と思われる殺人事件が取り上げられている。


今も生きているんだということを知らせてくれたのはいつだってニュースだった。

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