第3話

自分の家についたとき、やっと安心することができたと思った。


「ここまで来りゃ、あの藤田未兎も来れるわけねぇよな」


おれはポツリと呟き、玄関のドアを閉め、鍵をかけようとしたその時‼︎


ガチャリ。


という今一番聞きたくない音がして、戸のすき間から白い手が見えた。


「まったく…手間かけさせるんだから……私だって、急に人に逃げられたりしたら、傷つくんですよ〜っと。鳥冥く〜ん、お邪魔しま〜す」


遠慮というものが彼女にはあるのだろうか。そんなことを思っても、今この状況がどうこうなる訳ではないので、仕方なくおれは、彼女を家の中に入れることにした。


もしここで追い返しても、次にこの玄関の鍵が空いた時に一緒に入ってくるであろうことは容易に想像できたし、それによってクソほどどうでもいいおれの家族に迷惑もかけたくないと思ったからだ。


「いうこと言ったらさっさと帰れよな。それともおれを殺してからいくのか?

 だったら早くしたほうがいいぜ。そのうち妹がくるだろうからな」


おれは別に”死ぬ”ということに関して、躊躇はない。


人が死ぬのは当然のことわりだし、生きていても必ず死は襲いかかってくるからだ。


どうせここで生き残れたとしても、いずれくる死と何が違うかなどおれにはわからない。


「もう〜釣れないこと言ってないでちょっと私とお話ししない?

気になることとかあるでしょう? なぜあの焼印を押し付けるのか、なんのために人を殺すのか、とかね? ほれほれ、君の質問には答えてあげますわよ?」


おれは未兎の問いかけに答えることなく、自分の部屋へと案内をし、そこに彼女を座らせた。


「ちょっと待ってろ。今なんか飲むもんないか探してくる」


そう告げてキッチンに行くと、そこには帰ってきたばかりの妹がいた。


「おかえり、めぐみ。ちょっと飲みもん持ってくぞ」


おれがペットボトル飲料を数本取り出すと、妹が文句を垂れた。


「あ、それわたしが飲もうとしてたやつ‼︎ お兄ちゃん‼︎ 返してっ!」


そう言いつつ一本のペットボトルを取られた。まぁ一本くらい許してやるか。


「あいよ、お待たせさん……って、何してんのおまえ…」


部屋に戻ったおれが初めに見た光景は、なんとも奇妙なものだった。


未兎は物珍しそうにおれの部屋を散策し、家探しにでもあったかのような惨状だった。


「あらおかえりなさい。男の子の部屋に入るのなんて初めてだものですから。

 なぁに? それともみられちゃいけないものでもあるんですの?

 安心してくださいまし。金目のものなどは取りませんから」


ほんとかよ…と内心で突っ込んだが、そんなことは口に出したら速攻殺されてしまいそうだ。


「別にみられて困るもんなんてそこまでないんだけどさ…その…あんま荒らさないでもらえると助かる……片付けめんどいし……」


おれの遠慮がちの牽制に彼女はまたクスクスと笑った。


「あぁ、ごめんごめん。片付けなら手伝うからさ私は殺人鬼であって、空き巣だとか強盗だとかは言われたくないですから」


そこに何か譲れるものがあるのかと聞かれると、あまりない気もするが、わざわざ自分から殺される理由を作るわけにもいかない。


適当なペットボトルの蓋を開け、コップに注いで未兎に渡す。


「で? 今すぐ殺すっていうわけじゃないみたいだからさっき言ってたことに戻るけど、俺が聞きたいこと聞いてもいいって事だったよな?」


「えぇそうね。なんでも聞いてちょうだい。このお姉さんがなんでも答えてあげる」


自分を見せるコツがわかっているのだろう。


彼女は胸に手を当て、上目遣いで聞いてきた。


逃げ出したいほどに恐ろしく、狂おしいほどに愛おしい。


おれは、彼女の言った通りに、質問を投げかけることに決めた。いや、それ以外の選択肢などおれには残されてなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る