第2話
あれは数年前のことだった。
一応学生だったおれは、ろくに学校にも通わず、裏路地に屯ってるクソニートどもに喧嘩をふっかけるいわば問題児だった。
その日、いつものように商店街の裏道へいき、目があったやつに攻撃を加えている時だった。
いつもならおれが攻撃を加えている奴の呻き声だけがおれに届いていたが、その日は、どこからか煽情的な声が聞こえてきた。
「はぁっ‼︎ なんていい声なのっ‼︎
この苦痛そうなひめい‼︎ ほんとっ‼︎ 最高ですわ~~‼︎」
コツコツとハイヒールを鳴らしながら、一人の女性がおれの前にやってきた。
「なんだよ、何みてんだよ……テメェもこうなりてぇか?
なぁ? とっととうせろやっ‼︎」
おれは雰囲気をぶち壊されたことにイラつき、目の前に立った女を睨みつけた。
「あらあら、わたしをみても睨みきかせてきた人なんて、初めてですこと。あなた、名前はなんておっしゃいますの?」
「っせえな……。
で、テメェこそ誰なんだよ」
年はおれと同じくらいか、それよりも少し上。せいぜい離れていたとしても2年というところだろう。
赤いドレスに赤い傘。赤いハイヒールに赤い髪。おまけに赤い帽子までかぶっている。そしてその赤ずくしからちらりと見える白い肌。
そして彼女の何よりの特徴が、整いすぎているほど美しい顔にあった。
見ただけで引き込まれるように深い青色をしていて、ずっとみていると彼女の魅力に取り込まれそうなほどだった。
「あれ?そんなじっと私をみて……もしかして私に見惚れちゃいましたぁ? かわいいなぁ君は」
「ばっ…!! ばっかじゃねぇの⁉︎ んなわけねーだろ‼︎
んなことよりてめぇこっちに名乗らせといて自分は名乗んねぇつもりかよ‼︎」
おれは彼女に見惚れたと指摘されたことで焦り、自分が恥ずかしくなりついつい口調を荒げてしまった。
そんなおれが面白いのか、彼女はクスクスと笑った後、
「ほんっとかわいいなぁ君は。私の名前はないの。強いていうのなら、周りから呼ばれてる名前くらいでしょうか。
あなたも知っているでしょう?"
そう言って彼女-藤田未兎-は唾液で糸を引いた歯を見せつけてきた。
おれは自分の耳を疑った。
世間を騒がせ続けている殺人鬼が、目の前にいるだと?
そんなこと誰が理解できるか…
自分から藤田未兎であるということを言うということは、よっぽどの命知らずかあるいは、本人だけだ。
前者である可能性は極めて低い。
今では彼女の名前は出すだけでも恐ろしいというくらい恐れられている。
ニュース番組でさえ、字幕をちょろっと出し、アナウンサーは「藤の焼き印を残す女性」と呼ぶ。
そんなことがおれの中でぐるぐると回っている時に、彼女はとんでもないことを言い出した。
「私にあったら殺される…とでも思ってらっしゃる方々がいるのは知っていましたが、もしかして、怖がらせちゃいましたか?
けど残念。そんな話は誰かが流し込んだデマ…と見せかけて、本当は基本的に気づかれたらグサリ…と。ここまで私を藤田未兎と認識して話をしたのは、あなたが初めてですのよ?」
引き込まれるような魅惑の目をしていた彼女……藤田未兎の目は、すっかり人殺しの目に変わっていた。
彼女は人の命を奪うことになんの感情も抱かず、なんの躊躇いもないということがヒシヒシと伝わってくるような冷たい目で、俺をみていた。
これは本格的にまずい。
本能的に察したおれは裏路地から逃げた。
後ろの方では、さっきまでおれが蹴ったり殴ったりしていたニートのうめき声がばったりと止んだのがはっきりとわかった。
今彼女は、一人の人間を殺したのだ。そう思うと怖くなって、おれは全力で走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます