第2話 vsお菊さん

「ねぇ、聞いてよムジナ!」


 ある日、シフは一枚のプリントを手にムジナの方へと歩いてきた。コピーではなく手書きで、さらに何が書いてあるのかがわからない。

 そう、田舎以上に田舎なのがここ、魔界だ。

 なので文字は普通の人間には読めない。なのでいつも人間でも読めるような文字に書き直すのがヘラの仕事だ。


「何だよシフ。聞いてるぞ」

「明日、調理実習があるんだけど、エプロンない?」

「無い!あ、でもヘラなら作れるかも。でも一日で完成するかな?」

「そんな不可能なことを可能にするのが、この俺だ!」


 妙なポーズをしながら降りたったのは、全体的に赤いヘラ・フルールである。彼の普段のキャラからして考えられない動きだ。


「……何か来た」

「うん……」

「お前ら冷たすぎだろ。で、エプロンか?柄は何でもいいんだな?」

「うん、ありがとう!」

「いいってことよ!」


──────────


 次の日。


「ほんとに完成させちまうなんてな」

「どうだ、俺の実力は!」


 ヘラは胸を張る。

 エプロンを受け取ったシフは嬉しそうに抱き抱えた。


「すごいよ!じゃ、行ってきまーす!」

「「行ってらっしゃーい」」


 駆け足で去っていく背中を見届けた二人の男は静かにハイタッチした。


 ──────────


「ねぇ、知ってる?超最近の話なんだけど、調理室に『いちまーい……にーまい……』って声が聞こえるんだって!」

「知ってる!夜にしか出てこないところを考えたら、幽霊だよね?」

「そうそう!悪魔もとうとう幽霊に負ける時が来るのかな?」

「いやいや!その時は私も戦うわよ。幽霊なんて嫌だもん」

「そうよねー!あはははは」


 校門の前を歩いていた二人の耳に飛び込んできたのは、学生であろう二人の女子生徒の笑い声だった。どうやら幽霊の噂のようだ。


「やっぱり幽霊って言ってたから、あの封印の話かな?」

「お前、なんてことをしてくれたんだ。ほんとにもう」

「命の恩人に何を言う!」


 腕を組んでため息をつくヘラにムジナは不満を露わにした。

 そんな彼の気持ちの矛先を変えるかの如く、ヘラは話題を変える。


「というかさ、今日シフって調理実習だよな?」

「……あ!!しかも今日掃除当番なんだーって言ってた!」

「あそこ広いからなぁ……夜までかかるんじゃねぇか?」

「……夕方から見張りに行こうぜ。封印解いた者同士で」

「だから解いたのお前だろ」


 シフが調理実習する教室へ向かう二人。

 まだ恐怖は顔を出していないが……本当にいるのだろうか?


 ──────────



「あとはあの辺だね」


 すっかり日が落ち、まさに夜になろうとしていた。

 ……どこからか声が聞こえだした。


『いちまーい……にーまい……さーんまい……』

「ん?誰だろ?」


 シフは周囲を見渡す。


『あれ……一枚足りない……』

「え?」


 調子が崩れ、後ろを振り向いたその時だった。


『きぇああああっ!』

「うわぁっ?!」


 奇声と共に、バリーン!と大きな音を立てて割れたのは、調理実習で使われた皿だった。暗闇から皿が飛んできたのだ。

 しかし、シフはそれを避けた。

 一瞬でも遅れていたら皿に当たってしまうところだった。


「大丈夫か、シフ!」

「ムジナ!ヘラさん!」


 ドアを蹴破って入ってきたのは、夕方から張り込みしていたムジナとヘラだった。

 ヘラは持っていた本を広げると、話し始めた。


「あいつは、お菊さんというらしい。あいつを倒すには九枚目を数える時に、十と言うようだ。ほら、数え始めたぞ!」


 ──七枚……八枚……。


「……今だ!十!」




 ……しかし、なにもおこらなかった!


『引っかかったわね……!

 この場所にはたっくさん皿がある……私が負けるなんてありえないわ!』


 勝ち誇ったような声が響く。それがお菊さんの声だ。

 彼女はまた皿を持ったのか、カチャンという音が聞こえた。


「てか、なんで声だけなんだ?」


 と、ムジナ。それな、とばかりに首を振るヘラ。


『井戸がないの』

「……ノーコメントで」


 不機嫌そうにヘラが唸った。


『とにかく!

 私を倒すのだったら容赦しないわ!』

「な、なんでわかった?!」

『その剣よ……もう、調子狂うわ!行きなさい!』


 お菊さんの声がする方から皿が飛んできた。

 ムジナは剣で、ヘラは本ではじき返す。


『なかなかやるわね……これはどうかしら?』


 また皿が飛んできた。

 楽勝だ、というようにはじき返すムジナ。

 しかし……。


「いったぁ!お前、何をした?」

『ただ皿を飛ばしただけ』


 お菊さんはシフが洗っていた皿を飛ばしたのだ。まだ流していなかったため、洗剤が付いていた。

 それがムジナの目に入ったのだ。


「シフ!ちゃんと流せよ!」

「だって、こんなのがいたなんて知らなかったんだもん!」

「……ったく!こうなるなら授業中に言いに行けばよかったぜ」

『さぁ、大人しく殺られちゃいなさい!』


 お菊が皿を飛ばそうとする。

 すると……。


「X!」

『なっ……?!きゃあああああっ!!』


 シフがそう叫ぶと、お菊さんの声が聞こえなくなった。


「……どうして?」


 ムジナが目を押さえながら問う。

 どうやら、まだ染みているようだ。


「よくやった、シフ。考えたな」

「うん!」

「何で?」

「Xだと、どの数字にもなるからだ。別にyでもよかったんだけどな。もし、2Xって言ったらどうなってる?奇数だとえらいことになってたんだぞ」

「そうか……それはそうとして、早く保健室に連れてってくれ……目がとてつもなく痛いんだ」

「そうだったな。ははは」

「笑い事じゃねぇ!前が見えないんだっての!」


 見事、お菊さんを倒した三人。

 シフのおかげで助かった。

 今回はそれでよかったのだ。

 これ以上深入りしないためにも……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る