第7話 陽炎③

 少女の真上には真夏の太陽が照りつけ、その周りには、抜けるような青空が海のように広がっている。

 少女は若い瞳をくりくり小動物のように動かしながら私の姿を眺めた。

 よく陽に焼けた小麦色の肌が眩しい。

 それに反して、私は自分の姿が恥ずかしかった。

 ここに来るのは物思いに耽るためであって、誰かと会うためではない。当然、服装も適当な物を選んできたからだ。

 私の恰好も気になるが、もっと気になるのは彼女の水着だ。あまり直視はできないが、どう見ても、今のスクール水着には見えない。


「昔を思い出していたんだ」

 私はデッキチェアの半身を起こして恥ずかしげもなく言った。

 こんな回顧好きの中年男が何を言っても何も思わないだろう。

 だが少女は、首を小さく傾けて、

「誰のことを思い出していたの?」と言った。

 私は「昔」と言っただけで、相手が人間とは言っていない。けれど少女は「誰」と言った。

 それに、首を僅かに傾ける仕草はよく似ている。初恋の彼女の癖と似ている。


 私は隠さずに、

「若い時に好きだった子のことを考えていた」と言った。

 初めて会った子に言うべきことではないが、何故か、言葉が突かれるように出た。

 変な男だと思われるかもしれない。だが少女はそう思っていないようだ。

 少女は「ふーん」と呟き、空を見上げ、

「ずいぶん、昔なのにね」と感慨深げに言った。

 まるで私が若い時のこと、そして、私が好きだった子の事を知っているような口ぶりだった。


 何かおかしい・・そう思った時、

 目の前で陽炎が揺らめいた。同時に軽い眩暈が襲った。

 同時に透明感のある彼女の顔が浮かび上がった。

「小原くん・・」

 私の名を呼んだ少女の顔は、

 あのプールの日の・・初恋の女の子だった。

 私は凝らした。少女と彼女の顔が重なったりぶれたりを繰り返している。

 そんなはずはない。彼女が今ここに居たら、こんな年齢では決してないはずだ。

 だが私は、

「石上さん?」

 私は、何かに突き動かされるように彼女の名を呼んだ。それは中学三年の時に出会った彼女の名前だ。少女に変に思われてもかまわない。そう呼びたかった。

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