第4話 飛び込み台の少女③

 その年の夏休みは、受験生であるにも関わらず、彼女への想いで一杯になった。

 想いを振り払おうとしても、コップから溢れる水のように、私の心は彼女の笑顔で満ちていた。

 思えば、私はいつ彼女の笑顔を見たのだろう。

 それは女生徒同士の談笑だったのか、それとも廊下で何かの拍子にぶつかった時に、彼女が「ごめんなさい」と言った時だろうか。

 いずれにしろ、彼女と交わした言葉は「ごめんなさい」だけだった。後にも先にも彼女と話すことはなかった。

 恋は相手と話すことで育まれるものだと誰かが言った。もしそうなら、私の恋はあの時点で停止したままだ。


 そんな風に私の15歳の夏は終わった。

 彼女への想いを詩に綴っては破り捨て、当時の流行歌を唄いながら彼女を想い浮かべたりしたが、彼女に告白することはなかった。

 秋風が吹き、木枯らしが舞い、雪が降っても、彼女との距離は縮みもしなかったし。それ以上開きもしなかった。

 当然、奥手の私は彼女とつき合うことはおろか、一言も話すことはなく、中学を卒業した。

 風の噂で、何人かの男子生徒が彼女に告白したと聞いたが、その結果も知ることなく私は彼女とは別の高校へ進んだ。


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