第3話 飛び込み台の少女②
彼女の水泳のスタイルを見ながら私は思っていた。
彼女は完璧だ。
学校の主要科目の成績は必ずトップだったし、音楽や美術も必ず上位にいた。とても私には追いつくことのできないレベルだった。
彼女は学業の成績と同じく、それほど内申書には影響のない水泳も、完璧にこなしている。
彼女の泳ぎ方には隙がない。
他の子に見られるような手足のばらつきや歪みもない。長い距離だと、息継ぎのタイミングが悪かったりするものだが、それもなかった。
普通、必ずどこかに隙があり、人によってはその隙が泳ぎ方に反映し、不細工に見えたりする。そういったものが彼女には一切ない。
もしかしたら、彼女はそんなことを知っていて泳いでいるのではないだろうか。そんな風に思ったりした。
彼女の泳ぐ姿に見惚れている時間は僅かだった。
すっと見ていたいと願う光景は、決して長くは続かないものだ。
プールの端まで泳ぎ切った彼女は、顔を上げると、スイムキャップを押さえ、顔の水を拭い、目を瞬かせた。荒い息を吐いているのがここからでも見えた。
その後、彼女はニコリと微笑んだ。
あれは誰に見せた笑顔だったのだろう。
正面を見ているので、これから飛び込み台に立つクラスメイトに対してなのかもしれないし、私の知らない誰かなのかもしれない。
けれど、彼女の対象は誰でもいい。私は彼女の笑顔を何かの宝物のように心の奥底に仕舞い込んだ。
プールの授業が終わっても、私はいつまでも夢を見ているようだった。
後にも先にも、あれほど胸が弾んだことはない。
ただ彼女が、飛び込み台に立ち、目の前をクロールで泳ぎ、その後、笑顔を見ただけのことで、僅か数分の出来事でしかない。
それだけのことが私にとって、永遠を思わせる出来事だったのだ。
そんな短い出来事をずっと憶えているのか? と誰かが言うかもしれない。
だが、長くときめく時間があったとしても、それが永遠と化さないのであれば、いくら長くても同じだ。
私にとって、プールの授業の光景は永遠だ。
思えば、プールの授業の前から、私は彼女に恋をしていた。
教室での教師との受け答えや、成績発表の際の彼女の表情を見ているうちに私は彼女を想うようになった。
その時点では、それを恋と呼んでいいのかどうか分からなかった。
無理もない。女の子に対する初めての感情に何と名を付けていいのか分からなかったのだ。けれど、プールの授業が終わった後、不確かな感情には、「初恋」という名前が付けられた。
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