第2話 飛び込み台の少女①

◆飛び込み台の少女


 すぐに男子たちが息を飲む瞬間が訪れた。

 女子たちの中から、一人の女の子がスッと前に出たのだ。

彼女だ・・

 スイムキャップで顔がいつもと違って見えたが、見紛うことはない。

 ドキッとした。

 紺色のスクール水着を着用した彼女の姿を見るのは初めてだったからだ。心臓が高鳴り、高揚感は収まらなかった。

 飛び込み台に立つ凛としたの彼女の姿は、誰よりも美しかった。

 いや、美しいというのは語弊がある。彼女より綺麗な女の子は同じクラスに何人かいたし、彼女は決して美人というタイプではなかった。

 彼女の場合は、その体に無駄がない。それ故に体全体のラインが綺麗に見える。

 その顔立ちは淡く、透明感があり、水彩画で描かれた美少女のようだった。

 そして何より、笑顔が素敵だった。

 彼女の笑顔を見て、心が揺り動かない男子はいないだろう。そう思えるくらいの素敵な表情だった。


 彼女が飛び込み台に素足を揃えて立つと、それまで騒がしかった男子たちが一瞬だけ静かになった。だがそれも束の間、次の瞬間には、口々に彼女に対する評価が始まった。

 みんな彼女の水着姿を見るのは初めてなのだ。

 ある男子は、「胸がない!」と言ったり、

「あんな細い体は、好みじゃないな」と何かに反発するように言っている。

 思春期の真っ只中にいる男子たちの耳を覆いたくなるような会話だ。私も男だが、男の厭らしさを肌で感じた。

 その時の私はこう思っていた。

 みんなは酷評はしているものの、それまでの女子に対する言葉と明らかに違う。言葉の勢いと強さが全然違った。

 評価とはそういうものだと思う。その対象に強い関心があればあるほど、その言葉には熱が籠り、自ずと口数も増えてしまうものだと。


 そして、次の瞬間が訪れた。

 彼女は両腕を揃えて、青空にかざす様に真っすぐに上げた。飛び込む前のポーズだ。そのポーズは体育教師にそうするように言われているに過ぎない姿勢だ。

 だが私には、そのポーズが彼女元来の姿勢のように思えるくらいに綺麗に見えた。

 ずっとその姿を見ていたかったが、そのポーズは僅か数秒だった。次の瞬間、彼女は飛び込み台を勢いよく蹴って、水面に向かった。

 ふわっと彼女の体が宙に浮いたように見えた。

 だがそれも一瞬で、ザブッと水の中に沈んだかと思うと、次に水面に顔を出し、クロールの流れに移った。

 彼女のコースはプールの中央だった。

 その向こうとこちら側には、他の女子が泳いでいたが、僕だけでなく、皆の視線も真ん中の彼女のコースに注がれていた。

 無理もない。その速さは抜きん出ていた。

 彼女は先頭を突っ切って進んでいた。

 時折、息継ぎで顔を上げる姿は、水の飛沫を散りばめた絵画のように見え、彼女の心臓の鼓動がここまで届くようだった。

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