飛び込み台の少女 ~ プールサイドの光景(短編)
小原ききょう
第1話 夏の終わり
「飛び込み台の少女」~ プールサイドの光景
◆夏の終わり
「夏の終わり」・・それは「人生の終わり」という言葉に置き換えられる気がする。
人生の中で最も輝いていた季節が終わる。それは人によっては人生の終わりの時なのかもしれない。
私にとっての夏は、現在のような暑いとしか思わなくなった季節ではない。
更に、子供の頃の虫捕りや山登りでもなく、海辺の語らいでもない。ましてや友人たちとフォークダンスをして過ごすキャンプファイヤーでもない。
そんな華やいだものは若い頃の私には一切なかった。
私が憶えている夏は・・15歳の夏だ。
その夏、中学のプールで見た眩いばかりの光景を私は忘れない。
そして、永遠に思えた夏の中には必ず一人の少女がいた。
あれから数十年・・年を重ねた私は今、誰も使っていないプールを前にしている。
眼前に横たわっているのは、小中学校によくあるような25メートルプールだ。
私の知人の好意で、プールサイドのデッキチェアを使わせてもらうことになった。
それも定期清掃の前の少しだけの時間だ。
「こんな所に座っていたら暑くて干からびてしまうぞ」
知人は笑って言ったが、
「かまわない」私はそう言って、「物思いに耽る場所が欲しかったんだ」と言い訳のように言った。
そう答えたが、物思いなど、どこでもできる。
自宅でも、喫茶店でも、それこそ水のないプールを前にしてもできる。
けれど私は欲しかった。
過去の光景を思い浮かべることのできる場所が欲しかったのだ。
どうしてそんな心境となったのか?
終わりが近づいた人生を振り返った時、一番輝いていた年齢の、一番煌めいていた時間はいつだったか? と思い返すと、あのプールの体育の授業の一瞬しか思い出せなかった。
そして、その一瞬は長い歳月を経ても、私の中でいつまでも形を変えずにいる。
つまり、私の中の「永遠」だ。
あの時の私は・・つまり、15歳の中学三年生の私は、目の前をクロールで横切っていく生徒たちの様子をプールサイドで膝を抱えて眺めていた一生徒だった。
飛び込み台の向こうでは順番を待つ女生徒たちが花のような笑顔ではしゃいでいた。
今から25メートル泳ぐことの何が楽しいのか、又は不安なのか分からないが、彼女たちの顔が青春そのものを表していたような気がする。
そして男子生徒たちは、そんな彼女たちを品定めするように眺めていた。
男子たちも楽しくて仕方なかったのだろう。誰それが可愛いとか、どの子がスタイルがいいとか、そんな話題ばかりだった。
そんな男子たちの声の中、私自身も同じように思う男子の一人だった。
ただ彼らと私が違うのは、私が一人の少女しか見ていなかったことだ。
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