農業高校の試験を受けに来たのに、手違いで英雄学園の試験を受けてた話
ぺぱーみんと/アッサムてー
農業高校の試験を受けに来たのに、手違いで英雄学園の試験を受けてた話
試験会場がシーンと静まっていた。
目の前には、たった今自分がボッコボコにしたイケメンが倒れている。
「え、あれ??」
てっきり、畑泥対策の対人戦かと思っていたんだけど、それにしては弱かった。
あとなんか、去年見学した試験の時と試験会場の雰囲気が違う。
一緒に受験したはずの友人たちの姿もない。
「し、勝者!!受験番号1161番!!カキタ・レッドウェスト!!」
と審判の声が上がる。
高らかに俺の名前が叫ばれた。
「あ、あのぅ、ずっと気になってたンすけど」
と、俺は審判に声をかけた。
俺はポケットから受験票を取り出して、審判に見せる。
「俺、受験票の番号、1611番なんスけど」
審判が戸惑う。
会場も、なんか《ザワ……ザワ……》とざわつき始めた。
審判は俺から受験票を受け取ると、じっくり調べる。
やがて、調べ終えた審判が俺の顔をまじまじと見てくる。
「……これ、農業高校の受験票だよ?」
「そうですよ?」
「え?」
「え?」
俺と審判は顔を見合わせる。
「農業高校の受験会場ですよね?
で、畑泥退治の実践テストだったんじゃ??」
「チガウヨ??」
「え?」
「ここ、英雄学園の受験会場。
いまの戦闘テストは、最終テストで」
うんぬんかんぬん。
うんぬんかんぬん。
まぁ、端的に言うと人的ミスで俺は受ける学校を間違えていたのだった。
「え、えーと」
俺は気まずくなる。
試験会場を見回す。
円形の、昔ながらのコロシアムだ。
学園国家と名高いヴェンデル中立国内では、同じ施設があと四つか五つほどあったはずだ。
「お、お邪魔しましたーー!!」
ここまで来といてなんだが、本当に申し訳なくなって俺は会場から逃げようとする。
しかし、試験官やら受験担当の人達がそれを許さなかった。
「囲め囲め!!」
「こんな逸材を逃してなるか!!」
「生徒会長!!お前の尊い犠牲は忘れない!!よくやった!!」
あのイケメン、生徒会長さんなんだ。
しかし、殺してはいないのだから、誤解を招くようなことを叫ぶのはやめてほしい。
って、あ、生徒会長さんサムズアップしてる。
なんだかんだ余裕だな。
さすが、未来の英雄を育てるエリート高校のトップ。
容赦なく腹パンしてごめんなさい。
たのしくなって、歯を折りまくって、ほんとごめんなさい。
とにかく、俺は取り囲まれそうになりつつも、なんとか逃げおおせることに成功した。
けれど、受験には失敗した。
農業高校の受験をぶっちしたからだ。
とりあえず、進学を一年見送ることになるのは確実となったのである。
実家は農家なので、一年間は家業に従事。
あいまに、同じ農家である近所の家や親戚の家へ手伝いという名のアルバイトに行って小遣いを稼ぐ生活が決定した瞬間でもあった。
と、思っていたのだが。
事態は予想外の方へころがりだした。
農業高校の受験を終えた同級生たちと合流し、自分の身に起きたことを説明すると爆笑された。
そして、来年にはこいつらの後輩になるだろうことを言うと、もっと爆笑された。
とりあえず、来年待ってるぞと励まされ、帰宅する。
俺は姉と二人暮しだ。
両親は他界したのでいない。
夕食の席で、今日のことを言うと姉はケラケラと笑った。
「あんたらしいっちゃ、らしわねぇ。
まぁ、進学が一年伸びようが大丈夫、学費は出してあげるから」
と、大黒柱たる姉、シェル姉ちゃんは言ってくれた。
幸いというべきか、姉が働き者でさらに貯えもしっかりあるらしい。
頼もしい限りだ。
「でも、ほかの学校は?
来年まで待たなくても、ほら製菓とか調理とか、なんなら猟師や漁師の学校もあるんだから。
そっちの方受ければ??
申し込みはギリギリだけど、間に合うはず」
「今からだと勉強も間に合わないからいいよ。
猟師の方は、独学だけだし受かる気しない」
ちなみに姉はこう見えて、調理と製菓の学校に通っていた。
本当は料理人か菓子職人になる予定だったのだ。
けれど両親が他界したために、人生プランが変わってしまい、現在は実家を改装して軽食喫茶店と農家の兼業をしている。
つまり、店舗経営者であると同時に農地経営者でもあるのだった。
それを手伝うのは姉の恋人であるタウラトさんだ。
俺はラト兄と呼んでいる。
同じ村に住んでいる青年で、とっても強く頼りがいのある農家兼猟師だ。
猟師の学校を進路に選ぶとなると、この人に色々教わる必要がある。
しかし、忙しい人だから煩わせたくない。
今日はいないが夕食を共にすることもおおい。
もう少ししたら三人暮らしになる予定である。
「そう?
でも、1年猶予ができたならそっち方面も視野にいれてみたら?
お菓子作りや料理なら私が教えられるし。
なんならラトに……」
姉の言葉が止まる。
玄関の方を向く。
俺も同じように、玄関の方へ顔を向けた。
微かにドアを叩くおと。
続いて、
「すいませーん」
という声。
来客だ。
けれど、声に聞き覚えがない。
村の人なら大体声でわかる。
ということは、町の人だろうか。
こんな時間に?
もしや道にでも迷ったか。
たまにあるのだ。
道を聞こうとウチに尋ねてくる人がいるのである。
今回もそれかな、と思った。
姉も同じだったようで、すぐにパタパタと玄関へむかう。
「はいはーい、今あけまーす」
この辺は、治安が良いので強盗という発想は一切なかった。
まぁ、仮に強盗だったとしても姉にかなうはずがない。
姉はラト兄に鍛えられているので、まぁ大の男が二十人くらい取り囲んでも余裕で勝てるくらいには強いからだ。
姉と客がなにやら話している。
どうやら強盗ではなかったらしい。
姉の声が驚いて、戸惑うのが伝わってきた。
内容まではわからない。
けれど、こういうことも一度や2度では無い。
姉がこういった反応をするということは、来客のなかに急病人がいるとかそういった時だ。
となると、俺が村の診療所へ走ることになるか。
俺も玄関にいった方がいいかな、と腰をあげた時。
姉が客たちを連れてきた。
客は二人だ。
中年の男性と、高齢にさしかかりつつある女性だ。
どちらも見覚えがある。
今日、自分が紛れ込んでしまった英雄学園の受験会場にいた人物たちだ。
しかも、一人は生徒会長にサムズアップを返されてた人である。
姉が戸惑った顔を、俺に向けてきた。
「カキタ、英雄学園の先生たちが用があるっていらっしゃったんだけど」
と、さすがの姉も戸惑ったまま説明してくる。
それから、来客二人に椅子をすすめる。
前は両親が座っていた椅子だ。
「食事中に失礼します」
「本当なら先にここに来る旨を伝えるべきだったんだけど、ごめんなさいねぇ」
男性と女性が、申し訳なさそうに言ってくる。
「あ、いいえ」
俺は残ってたご飯をかきこむ。
その間に姉が二人へお茶を出した。
店で出している茶葉で、一番いいものだ。
ついでとばかりに、
「良ければ召し上がってください」
姉は茶菓子もだす。
店で一、二位をあらそう人気メニューのひとつであるチョコチップクッキーだった。
「あら、ありがとう」
女性が嬉しそうにクッキーへ手を伸ばす。
「うれしいわぁ、【黒猫亭】のクッキーが食べられるなんて」
【黒猫亭】というのは、姉が切り盛りする店の名前である。
ときおり雑誌等で紹介されるので、首都でも有名な店のひとつである。
ただチェーン展開していないので、ウチまで来ないと買えないし食べられない。
そんな姉の店は、雑誌で紹介されることもあるからか、ほぼ毎日行列が出来ている。
「ありがとうございます」
姉も嬉しそうだ。
男性の方も、せっかく出されたからかひとつ摘んで、ポリポリと食べている。
さて、なんやかんやと落ち着いたので来客の話を聞くことになった。
それを短く、わかりやすく男性が口にした。
「さて、本題に入ろう。
カキタ君には英雄学園への入学が認められた」
「…………」
俺は姉を見た。
姉も俺を見ている。
玄関先で話していたのは、このことだったらしい。
「え、えっと、なぜ??」
「それだけの実力があると認められたからだ」
「歴代最強と言われてた生徒会長をあんなに鮮やかにぶっ飛ばせる生徒はなかなかいないからねぇ」
男性は淡々と、女性はおっとりのんびりニコニコと言ってくる。
「えっと、あの、そもそもよくウチがわかったっすね」
さすがのことにしどろもどろになって、俺の口からようやく出てきた言葉がそれである。
二人は俺の質問にも、丁寧に答えてくれた。
どうやら受験票から農業高校へ問い合せたらしい。
そこから、ウチにたどり着いたということだった。
「さて、それで入学についてだが」
なんだか強制的に入学させられることになっている。
「あ、あの、拒否権は?」
「あるにはあるが、入学を拒否するのか?」
俺は姉を見る。
姉は優しく微笑むだけだった。
好きにしなさい、と視線が言っている。
「学費なら大丈夫、お姉ちゃんが出すから」
「せめて考える時間がほしいな、と」
「えー、迷うの??こんないい話なのに」
「だって、大変でしょ?畑とか、店とか」
「ラト君が頑張ってくれるから大丈夫よ」
……義兄予定の青年の顔が浮かんだ。
「バイトも増やす予定だったしね」
姉は、自分の分もお茶をいれ、それを啜り、さらに続けた。
「人生には意外性がないとね。こんなイベントそうそうないわよ。
農家なら農業高校行かなくてもできるしね」
「いや、まぁ、そうだけど」
「なにより、楽しそうじゃない。
予定とちがうことって」
それは姉ちゃんだけだと思う。
「何事も経験よ」
結局、姉のその一言が後押しになった。
数ヶ月後。
俺は英雄学園の制服に身をつつみ、その門をくぐっていた。
いいのかなー、俺みたいな喧嘩がちょっと強いだけの人間が通って。
まぁ、いいって言われたならいいか。
ちょっと緊張する。
これから入学式なのだ。
見事に周囲には知らない顔ばかり。
「いじめられないといいなぁ」
何しろ、英雄学園の噂だけならいい物も悪いものも世間に流れている。
とにかくこうして、俺は波乱万丈な学園生活の一歩目を踏み出したのだった。
踏み出してすぐに、女の子とぶつかった。
「あ、すみません」
「こ、こここ、こちらこしょっ!」
女の子が噛んだ。
ド緊張しているらしい。
同じ新入生みたいだ。
それがきっかけで、雑談することとなった。
やはり彼女も新入生だった。
流れで一緒に入学式会場の講堂へ向かうこととなった。
雑談のお陰で、とりあえず初っ端からボッチになることは避けられたようだ。
どうやら彼女と俺は同じクラスのようで、
「これからよろしく」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
気づいたらそんな言葉を交わしていた。
よかった、話せる友達が出来て。
俺はホッとすると同時に、彼女と並んで講堂を目指すのだった。
農業高校の試験を受けに来たのに、手違いで英雄学園の試験を受けてた話 ぺぱーみんと/アッサムてー @dydlove
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