0-3 舞い降りた天使の名は
「ところで、どうして君はこんな森の中にいたの? 迷い込む……にしても、このへんは辺境の地、的なところだし」
少女の疑問に、ツナグはどう答えるか言葉に詰まった。
自宅のベッドの上で叫んだら、こんなところへ転移しました……などと説明して、少女はすんなり受け入れてくれるのか、むしろ不信感を抱かれるのでは……と思ったからだ。
「その……俺は……」
「ま、いいや! 君には君の事情があるもんねっ!」
少女はそう言って笑った。あっさりとした対応にツナグは呆気に取られつつも、少し安心した。
「――でも、死のうなんてこと考えちゃ、ダメだよ?」
しかし、次に少女の紡がれた言葉に、ツナグの胸がズキリと痛んだ。
別に死のうとしていたわけじゃない――だが、少女の一瞬見せた、その悲哀に満ちた瞳が、切なさを孕んだ声音がツナグの心を妙に揺らしたのだ。
「また違かったらごめんね! ここさ、
少女は元の調子に戻しつつ、そう話した。
ツナグは頷きながら、今度はこちらから問う。
「あの……じゃあ――」
「あ! わたしがここへ来たのは用事があるから! 正確には森の先へ、ね。死のうとしていたわけじゃないよ。死ぬわけないじゃない、このわたしが!」
少女は胸に手を当てながら、自慢気に言った。
「お姉ちゃんにお弁当を届けようとしていたんだよ。今日はお姉ちゃん、『転生の間』でお仕事の日だったから」
少女はそう話しながら、片手に持っていたカゴを見せた。
「そうだったんだ。そんな中助けてもらっちゃって……本当にありがとう」
ツナグは深く頭を下げた。少女と出会えなければ、今頃ツナグは一人森の中、白骨化していたかもしれない。そう思うと少女と出会えた奇跡に、心の底から感謝していた。
「ううん、いいんだよっ! わたしは困ってる人は絶対に見捨てないって決めてるの!」
少女の決意に満ちた目を見て、その言葉が本気なのだとツナグは悟った。
「……ね、迷子の君はさ、どこへ向かおうとしてたの?」
「あー……えっと……」
ツナグはただあのヒトリとかいう女から無我夢中で逃げてきただけだ。行く宛てなんてあるはずがない。いや、あるとすれば……元の世界への帰り道だ。
だが、そんなことを少女に言ったってしかたないだろう。また少女を困らせてしまうだけだ。
ツナグはあえて、ここは違う質問を投げかけてみることにした。
「えっと……できたら、近くに町や村とかがあればそこへ行きたいんだが……」
町や村へ行けば住んでいる人々がいる。人が多ければ多いほど情報も得られやすい上、元の世界への活路が見いだせるきっかけがあるかもしれない。そう考えた末の質問だった。
「えっとねー……。ここをまっすぐ道なりに行くと、『パインドゥア村』へ着くよ! 小さな村だけど、とっても優しい人ばかりだよ!」
ツナグは再度礼を口にした。これで行くべき目標がひとつできたことになる。
ツナグは向こうで何か進展があれば……と内心願っていると、少女は「……あ、そうそう」と、ガサゴソとカゴを漁りはじめた。
「ここで会ったのも何かの縁だし、これ、よければどうぞ!」
少女はそう言ってカゴから、かわいらしくラッピングされたおにぎりをひとつ取り出し、ツナグへ差し出した。
「迷っててお腹空いてるかもでしょ? だから、これ食べて! お姉ちゃんの分はちゃんとあるから気にしないで、だよ!」
ツナグは少女の親切心に感激しながら、大切におにぎりを受け取った。
半透明のラッピング越しの覗く、なんの変哲もないはずの白いおにぎり。しかし今のツナグには、それが光り輝く宝石にさえ思えた。
「あ……ありがとう、メシまでもらっちまって……。今すぐはムリかもしれねぇが、絶対にいつか、ちゃんと礼させてくれ!」
「え! そんな気にしなくていいのに〜……でも、ありがと。じゃあまた出会えたら、そのときはお願いしようかな?」
「ああ……約束だ!」
ツナグはそう言って別れようとして、ふと思い立つ――少女の名前をまだ聞いていないと。
ツナグは改めて少女に向き直り、問う。
「あの、俺は
少女はもちろんと言わんばかりの笑みを浮かべ、答える。
「わたしはキズナだよ! えへ、また会おうねっ!」
少女――キズナはそう言って、森の奥へと消えていった。
ツナグは少女の背を見送りながら、「天使だ……」と呟き、しばらく放心していた。
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