0-2 少女と出会い、笑顔を交わす

「あった! 扉だ!」


 ツナグはがむしゃらに走っていると、巨大な白い扉が見えてきた。


 迷っている場合ではない。ツナグは扉を押し開けら外へと飛び出す。


「……!」


 扉の先は、深い霧に包まれていた。

 木々が生い茂っており、辺りは薄暗い。これでは、どこへ進めばいいのか検討もつかない。


「そもそも、一体ここはどこなんだ……!?」


 まだ寒くないのが救いだろうか。ツナグはさきほどまで自宅にいたためスウェット姿なのだが、この格好でもちょうどよく過ごせるくらいの気温だった。


「考えてる場合じゃねぇ……とにかく、あのヤバそうなのから逃げよう」


 ツナグは腹を決め、訳がわからないまま霧の中を走っていった。




 ◇




「……完全に迷子だ」


 ツナグはそう言って、近くにあった木の幹に寄りかかりながら地面に座り込んだ。


「ちくしょう……一体全体何が起きてるんだ……? 俺は家にいて、んで、気づいたら変なところにいて……。……ハッ! まさかこれって、いわゆる『異世界転生』ってやつじゃねぇか!? ちょっとイメージと違うけど……! あ、でも『転生』だと生まれ変わってなるやつだから……この場合は『転移』、なのか?」


 ツナグはこの状況を口に出しながら、ひとつずつ整理していく。


「まあ仮に、ひょんなことから異世界転移しちまったことにしよう。んで、そしたら妙な場所にいて、目の前には知らねぇ女。そしたら、その女からいきなり『革命』がどうとか言われて、パニクった俺はその場を逃走。そして現在、霧の漂う森の中で迷子……と」


 ツナグは地面の上で四つん這いになり、呻く。


「――これ、完全にじゃねぇかぁ……!」


 ツナグの瞳に涙が滲む。


「どうやっても森からは抜けられない。水や食べ物だってある様子もない。俺はこのまま飢え死にするまで、ここを彷徨いつづけるんだ……」


 ツナグが頭を抱えたとき、遠くから音が聞こえた。地面を鳴らす一定のリズム。おそらく、これは足音だろう。


 ツナグは顔を上げ、足音のするほうへ視線をやる。


 足音はどんどんと近づき、やがて霧の向こうにひとつの人影が浮かび上がった。


 ツナグは一瞬、あのヒトリとかいう女が追いついてきたのかと警戒するが、すぐに違うと悟った。あの女の人影にしては、あまりにも身長が低かったからだ。


 ツナグはゆっくりと立ち上がり、人影に対し臨戦態勢を取る――取ったところで、特に何もできないのは理解の上だったが、念のため、だ。


「およ? こんなところに人なんて……珍しいねっ!」


 人影の姿が顕になったところで、その主はそう言った。


 人影の正体は、左眼に眼帯を付けた一人の少女だった。オレンジ色のサイドテールを揺らすその姿は、なんとも快活感に溢れていた。


「ね、君はどうしてこんなところにいるの?」


 首を傾げながら問う少女に、ツナグは恐る恐る「実は……迷って……」と、正直に答えた。


 少女は「それは大変だ!」と、驚いた表情を見せるや、ツナグの手を取って微笑みかけた。


「じゃ、わたしが森の外まで案内してあげる! 安心して! わたしはここの地形を熟知してるからさ!」


 ツナグは少女に手を引かれるままに、森の中を進んでいく。


 森は、五分も歩かずして抜けることができた。今となっては、あんなに迷っていたのが馬鹿馬鹿しく思うくらいだ。


「ここはね、『惑わしの霧森フォグゥズ』っていって、一般の人は絶対に入っちゃいけないんだよ! この国じゃ常識だよ! まったく、ワルい子さんなんだから!」


 森を抜けてから早々、ツナグは少女に叱られた。

 そんなことをまったく知らなかったツナグ。しかしここはとりあえず「す、すみません……」と謝った。


「わかればいいんだよっ! 今後は絶対入っちゃダメだよ! お姉ちゃんとお約束だよ!」


 少女は言いながら、自身の小指を差し出した。ツナグは戸惑いから、視線が小指と少女の顔を交互に行き来する。少女はそんなツナグを見かねてか強引に「やーくそくっ!」と、自身の小指とツナグの小指を絡め、をし、優しく笑った。


「……あ、ふと思ったけど、もしかして君、外国の人だったりパターン、ある!?」


 叱ってから新たな可能性に気づいたのだろう。少女は焦ったような表情で、そう聞いた。


「外国人というか、異世界人というか……」と呟きながら、ツナグは首を縦に振った。


「わわー! ごめんだよっ! わたし、そうだと知らなくて、いっちょまえに説教しちゃって……! ……でも、君も最初の時点で言ってよね!」


 少女は謝りつつも、最後にはツナグにも責任を追求した。


 ツナグはそんな少女のペースにすっかり乗せられながらも、なぜか嫌な気分にならず、むしろ気持ちが明るくなるのを感じていた。


「……あ。じゃあこの際だから、もうひとつ言わせてもらうけど、なんだか俺のこと、歳下みたいな扱いしてくるけどさ、たぶん俺のほうがお兄さんだと思うぞ?」

「えー!? 絶対わたしのほうがお姉ちゃんだって! わたしね、今年で15になるんだよ!」

「俺は19だから、やっぱりそうだったな」

「……な! ウソでしょ〜!」


 コロコロといろんな表情を見せる少女に、自然とツナグは笑みが零れていた。


 この子は人を楽しくさせる才能があるのかもな、とツナグは内心そう感じていた。

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