先輩
翌日、球根を持って『商高花壇』に向かった。
汚れても良いように、私は体操服で臨む。
「渡里……。待たせたな」
少し遅れてやってきた長谷田先生。
先生は、いつも通りスーツだった。
「……それでやるつもりですか」
「おう」
風でネクタイがなびいている。
スーツ姿で鎌を持っている様子がちぐはぐで、何だか面白い。
先生と私は無言で球根を植え始めた。
単純作業が楽しい。
「あれぇ? 長谷田先生何してんのー?」
ふと、遠くから聞こえて来た甲高い声。その声に、猛烈な嫌悪感を抱く。
「……梁瀬」
「何で渡里と楽しそうに土いじりしているのかな?」
梁瀬先輩は長谷田先生に近付き、その顔を覗き込む。先生は無表情のまま口を閉ざしていた。
「先生、それで良かったんだっけ? 根も葉もない噂、流しちゃうよ?」
そう言って大笑いしていた。
梁瀬先輩……。
最初の頃は、そんな人では無かったのに。
自分の好意に応えてくれないからって、そんな酷いこと言うなんて。
前も思ったけれど。
梁瀬先輩って、本当に先生のことが好きなのかな。
「……なぁ、梁瀬。文化祭、楽しかったか?」
「え、うん。すっごい楽しかった!」
「そうだろ。……それ、渡里のおかげなんだけど、知ってるか?」
「………はぁ? 何が言いたいの」
先生は立ち上がって、梁瀬先輩の目の前に立った。
「頑張り屋の渡里に厳しく指導できないって話だ。お前の娯楽のために渡里を傷付けるくらいなら、俺の根も葉も無い噂を流してくれていい」
先生の言葉を聞いた梁瀬先輩は……震えながら真っ赤になった。
「急に心変わりして何よ、先生!! まさか渡里のこと好きになったとかじゃないでしょうね!?」
「はぁ……何でそうなるんだよ。渡里のことは嫌いだよ。全然可愛げが無い。……ついでに、お前もな」
「な……何それ、酷過ぎる。……長谷田………さ、最低!!!」
「最低で結構」
梁瀬先輩は走って校門に向かって行った。
「…ふぅ」
長谷田先生は溜息をついて、何事もなかったかのように花壇に向かう。
「……先生」
「何だ」
「私も先生のこと、嫌い」
「あぁ、知ってる」
球根を植えながら考えた。
先生の言葉の意味を。
嘘だらけの先生だけど、さっき梁瀬先輩に言った言葉はきっと本心だと思う。
「……」
不覚にも。
少しだけ、心が揺れ動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます