距離


 文化祭まであと少し。


 静かな生徒会室。

 私は変わらず、1人で色々な準備をしていた。


 こういう作業が好きだからか分からないけれど、1人で準備するのは全然苦では無かった。

 むしろ、最近は楽しさまで感じる。



「早食い大会は……ハンドボール部に進行を任せよう。ファッションショーはバレー部かな」



 生徒会メンバーも長谷田先生も頼れないなら、他の人たちに力を借りるのみ。

 峯本先生の力を借りて、文化祭当日の手伝いをしてくれる部活動を募集したところ、“生徒会メンバーが所属していない部” が手を挙げてくれた。


 生徒会メンバーは当てにしていないから別に良いけど。



 情報研究部は事前準備から当日まで手伝ってくれることになった。


 競技大会に向けた勉強は自習。

 家で行うようにと峯本先生は言った。


 ありがたい。

 私のためにみんなが手伝ってくれるのは本当にありがたい。


 ただ、競技大会前でみんなも大変なのに。

 そこだけが、申し訳なかった。




「……渡里」

「………」



 今日も生徒会室にやってくる長谷田先生。

 実は梁瀬先輩の衝撃的な話を聞いた日から、長谷田先生とは全く会話をしていない。


 というか、私が先生を無視しているという方が正解かも。



「……ふぅ……」



 小さく息を吐いて私の目の前に座る先生。

 いつも通りだ。



「なぁ、渡里」

「……」

「……無視するなよ」

「……」

「無視する人、嫌い」

「……」



 私だって大嫌いだよ、先生。

 それに、別に先生に好かれたいとは思っていないし。



「……先生、目障りです。私も先生のことが嫌いだからお互い丁度良いですね」



 作業を中断して、紙をクリアファイルにまとめる。

 続きは家でやろうかな。


 クリアファイルや筆記用具などを急いで鞄に入れて、椅子から立った。



「渡里……どこ行くんだ」

「……さようなら」



 そう言い残して生徒会室から飛び出す。

 別に私がどこ行こうが先生には関係ないのにね。



「あ、待て。ちょっと」



 今日の長谷田先生は、私を追いかけてきた。



「逃げるな」



 廊下を走ってきた先生は、私の腕を掴む。

 先生の手は少しだけ震えていた。



「触らないで!」

「じゃあ逃げるなよ!」



 先生は私の腕から手を放し、大きく溜息をつく。



「……次の花、考えとけって言っただろ。その返事、くれよ」

「……私1人が管理しなければならない花壇に花なんて植えたくありません。大体……花なんか、大嫌いなんだから!!」



 先生を睨むように見つめて声を上げる。



「みんなで決めて植えた向日葵も、向日葵が良いって言った梁瀬先輩も、生徒会メンバーも……長谷田先生も、みんな……みんな大嫌い!!!!」

「渡里!!!」




 全速力で走って、その場から去る。

 ……本当、私も嘘ばっかり。


 私の足は無意識のうちに『商高花壇』に向かっていた。



 本当はお花好きだし。

 向日葵は何も悪くない。




「悪いのは全て……長谷田先生なんだから……」




「……そうだな、俺だな」




「え?」



 後ろを振り返ると、長谷田先生が立っていた。

 ポケットに手を入れて睨むようにこちらを見ている。



「俺も悪い。ただ、態度が悪いお前も悪い」

「な……何それ。そんなことを言いにここまで追いかけて来たんですか」

「そうだよ。花なんか嫌いって言いながらここに来た嘘つきの様子を見にな」

「それを言うなら、先生だって嘘つきです。向日葵のこと嫌いとか言いながら、帰り際ここに来て見ていたではありませんか」

「………お前、本当に嫌い」

「奇遇ですね。私も嫌いです」




 先生の顔を思い切り睨みつけてから、校門の方に向かって歩き始めた。

 何しにここまで来たのか、本当に分からない。



 今度こそ、長谷田先生は追いかけて来なかった。



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