今日、夢で見たなにかの話

爆冥アイン

天使局悪魔課特別対応係

天使や悪魔だとか死後の世界だなんて、そんなの存在しないと思っていた。

そう、あの日までは――


*   *   *   *   *


「あ~疲れた……帰ったら何しようかな~」


夕暮れ。人波に揉まれながらスマホを取り出し、駅の改札を出る。

いつもどおりのつまらない景色。ただ、今日が金曜日ってことだけが僕の心に救いを与えていた。

いつもと同じ光景。崎陽軒の売店のおばちゃんは今日も元気だし、不動産屋のキャッチはいつもどおり無視されてる。ちょっとかわいそう。


「――きゃあああああ!!!」


そして、いつもとは違う、誰かの悲鳴。

いつもとは違う人の波。

その中心にいるのは、片手に刃物を握りしめたざんばら髪の男だった。


まさか、通り魔?無差別殺人?

脳内にかつて起きたそんなニュースがいくつも駆け巡り、体は反射的に逃げ出そうと足を踏み込む。

だけど、僕は見てしまった。

小さい女の子が、逃げ出そうとする人に突き飛ばされ、地面を転がる。

ひとり取り残されたその子に、通り魔の男が向き直る。


そして


「う、うおおおおおお!!!」


逃げる人たちをかき分けて、その子の元へと向かう。

男が刃物を振りかざし、嗜虐的に顔を歪める。

人混みから飛び出した僕は、女の子の前に立ちふさがり――それと同時に胸が燃えるように熱くなるのを感じた。


そのまま男に掴みかかり、地面に押し倒して首を締める。


(へへ、これでも学生時代は柔道で全国に出たこともあるんだぜ)


なんて軽口を叩こうとしたけど、口から出るのはごぽりという濁った水音だけだった。

アドレナリンが切れたのか、胸が激しく痛む。

心臓を撃たれてもしばらく動けるってホントなんだな、とか、そんなとりとめのないことを考えながら徐々に薄れていく意識に身を委ねようとする。


かすれていく視界で最後に捉えたのは、泣きじゃくる女の子の姿と、その隣に立つ光り輝く女性の姿だった。


*   *   *   *   *


「あ、意識がはっきりしたみたいですね。こんにちは。自分のこと分かります?」


目を覚ますと、白い部屋の中で誰かに覗き込まれていた。

どうやらソファのようなものに寝かされていたらしい。

でもたしか、僕はあの時――


「あー、流石にまだ混乱してるかな。まあ多分君が思っている通り、あなたは死にました」

「ってことは、ここは……死後の世界ってやつ?」

「んー、まあ厳密には違うけど、あなたにとってはそうです」


人は死んだら消えるだけ。

死後の世界なんて宗教家が生み出したファンタジーだと思ってたけど……現実ってのはもっとおかしなものだったらしい。


「なるほど。それじゃ僕にはこれから何が起きるんです? 異世界転生とか、そういうやつ?」

「いや、異世界に送ったりはしないけど。ここは天界。私は天使局のクラリカと言います」


そう言いながら名刺が差し出される。


天使局 悪魔課 特別対応係

課長 クラリカ


天国もやけに俗っぽいんだな、と思いながら染み付いた仕草で名刺を頂戴する。


「君が殺された通り魔なんだけどね、あれって"悪魔憑き"だったんだ。だから君が死んじゃったのは天界的にはイレギュラーだったんだよね」

「あ~、なんかラノベで読んだことあるような……」

「うんうん。だけど君ってばちゃんと死んじゃったので、流石に復活とかはさせてあげられないの。だから提案なんだけど……君、ここで働いてみない?」


幼女を助けたと思ったら天国に転職した件について。

いや、まだ転職すると決めたわけじゃないが。


「とりあえず労働条件とか効かないことにはなんとも言えませんね」

「君、こんな状況なのにしっかりしてるね~。まあイレギュラーとはいえ死んじゃった以上はそのまま処理して輪廻の渦に載せるのが普通なんだけど、君の場合は善行を為して死んだってことで温情措置が下ったんだよね」

「なるほど、だからこうして生きてる?んですね」

「飲み込みが早いね。働いてもらうのはここ、悪魔課の特別対応室。基本は週3が常勤で、それ以外は必要に応じて呼び出されたりするかもって感じ。今回みたいに悪魔憑きが出た時とかね。あとは、現世に大きな影響を与えない範囲でなら地上に降りるのも大丈夫だって」

「地上に降りる?」

「うん。君の家族とかそういうのに関わるのはだめだけど、ご飯食べたりとか映画を見たりとか、その辺は許してくれるって。ま、このへんは私達でも許可されればできるんだけど」

「そのへんも含めての温情措置ってことですね」


ふむ、条件は悪くない……ように思える。

給与なんかは確認してないが、どのみち日本円ってことはないだろうし、聞いたところで判断は不可能だろう。

まあどうせ失ったはずの命だ。ここで新しい人生を歩むのも悪くないだろう。


「その顔は……決めたみたいだね」

「はい、よろしくお願いします。クラリカ課長」


こうして僕の第二の人?生がスタートしたのだった。








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今日、夢で見たなにかの話 爆冥アイン @Ein_Bakumei

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