第2話 出会い

 旅路の途中、西の賢者の街からの出張講演があった。

 僕たちの旅路を励ますための、賢者の言葉の伝言だった。


「というわけで、賢者のエドム氏の言葉を伝えたいと思います」


 三十代ほどの賢者見習いが、僕たちに講演をしてくれた。当初僕は、この講演会に参加する気はなかったが、あの友達が既に行われていたこの講演に参加しており、僕にこの講演に誘ってくれたのだ。講演は、二週間に一度のペースで行われた。


 配られた葉書に目を通すと、エドム氏の考え方が述べられていた。

 僕はこの頃、書類に目を通す作業に飽き飽きしていた。


 僕の心は自分でもよくわからなくて、それでも、自分の心をわかってくれる他人もいなくて、心とは一体何なんだろう。心って、そんな実体のないものは、本当にその名前で呼んでもいいのだろうか?僕にとって世界は複雑で、混沌としていて、西の賢者の街の奥深くに住むという、引きこもった賢者たちの言う、混沌から秩序が生じた、というのは、僕には、どうも本当のようには思われなかった。世界は今もって複雑だったからだ。


「エドム氏はこう言います。外の世界の対象をまず括弧に入れましょう。そうして、対象の実在について明言しないなかで、今、自分に見えているその見えているという内側の感じ、それをもって、考察の対象にしましょう、と。そうすると、外の世界は私たちから超越した世界になります。この、内側の感じを「現象」と言いましょう、と」


 ああ、やっぱり、この講演は、僕の疑問に答えてくれるものではない。確かに、外の世界の客観は、まず留保すべきだけど、僕は、この賢者に関する葉書を既に読んで、かなり影響を受けたけど、最終的に違うということになっている。ならば、この講演の、僕にとっての意義は何だろう。ただ、友達の機嫌をとるための付き合いじゃないか。退屈だ……、退屈だ……、馬鹿らしい。


 そうして退屈にしていると、賢者見習いの先生が講演を中断して、ある提案をした。


「皆さん、ここで皆さんで自己紹介をしてください。この講演には、非常に多くの移住者が参加していますから、賢者の街への移住者の皆さんは、このグループでそれぞれ自己紹介をしてください」


 そういうことだったので、僕は、書類の裏に適当な自己紹介を書き、その自己紹介をもとにグループの一人一人に自己紹介をしていった。


「タルキです。葉書流通網で流行っている『キチガイはがき』を読むことが趣味です。あと、『統治者の塔』を攻撃する怪文書を回し読みすることもやっていました」

「ちょっと、それがなんなのかよくわからないです……」


 ああ、僕の趣味は理解されることが少ないのだ、それが何なのかさえ分かってくれる人がいない。そう思って、次々に自己紹介していったところ、一人の相手の番になった。


「タルキです。趣味は『キチガイはがき』と『統治者の塔』の怪文書です……」

 半ば投げやりだった。しかし、帰ってきた言葉は意外だった。


「いや、『キチガイはがき』を普通こんな場で言っちゃいけないでしょ。確かに『統治者の塔』の怪文書界隈っぽい見た目もしてるし……」

「え、そう?」


 ついウキウキしているが、この眼鏡を掛けた陰気そうな彼と話すのもこれまでのこと、さあ、さっさと済ませよう。そう思ったが、意外な結果になった。


「皆さん、自己紹介は済みましたか。では、今回はおしまいにしましょう」

 見習いの先生が場を畳む。


 そうして友達と帰ろうとしたところ、先の眼鏡の彼がピョコピョコと小走りで駆け寄ってきた。


「今日の講演どうだった?」

 話しかけられる。僕は、嬉しくなってしまった。

「そうだな、悪くなかったよ。そうだ、葉書の個人番号交換しない?」

「いいよ」

 この時期の僕は、嬉しくなるとついやっちゃうことがあった。葉書の個人番号の交換だ。

 そうして、個人番号を交換した。


 相手は、この後にもまた別の出張講演の受講を控えているとのことだったので、友達を置いて、僕はこの彼に少し付き添って話すことにした。眼鏡のこの子は、僕より年下だろうが、どこからどうみてもただの身長の低い陰気な男なのに、とても可愛げがあり、ピョコピョコと歩くところなどが、僕の気に入った。この子は、どこか人に飢えているように思った。


 この偶然の出会いが、僕の運命を変えていくとは、この頃は思ってもみず、そんな認識能力も僕にはなく、ただ、知り合いが一人増えてよかったという程度にしか考えていなかった。人間の反省なんて、その場の持ち合わせで行っているだけの、なんの力もないものだと、今になって思う。僕は知らず、僕は生きる。彼は知らず、彼は生きる。しかし、その時の手持ちの武器と防具でこの世界を戦うしか、ないのだ。


…この講演の本当の終わりに、見習の先生がある意味深な言葉を残していった。最後の一言は、呟く独り言のようだった。


「この講演の習熟度検定で、内容には直接関係のないものですが、魔法少女たちの戦いについての模擬論文を葉書で書いてもらいます。エドム氏の議論については、盛り込まなくてもよいです。やがてわかると思いますから。……実在するのは、神だけですから」

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