文明の饗宴
てると
第1話 旅の始まり
軍人養成所の鍛錬に耐えられなかった僕は、養成所を退所し、故郷でのんびりと楽しい生活を送った。
好きな時間に起きて、本を読んで面白いと思った言葉を抜き書きし、それを切り貼りしてまとめた葉書を路上で売って小遣いにしていた。そうして、たまに「面白かったよ」と言われ、たまに「こんなつまらないものを見せるな」と言われる日々だった。先輩の葉書売りたちには、よく馬鹿にされていた。
しばらくすると、世界の底が抜けたように感じた僕は、葉書売りも辞めた。そして、故郷から遠くに見える青い山に思いを馳せ、あの東のほうの山から流れてくる川の澄んだ音に癒されていた。世界は、美しかった。
そうしていると、だんだんその生活も退屈になってきたので、僕は大人たちが見向きもしない悪い本に魅力を感じるようになっていった。そうすると、だんだん世界が暗く見え始めた。僕の友達になっていた黒猫は、そんな僕を見てだんだん僕と一緒に過ごす時間も減っていった。そうしてある日、黒猫は帰ってこなくなった。
その頃から僕は毒を飲んだような苦しみに取りつかれ始めて、世界の底を埋めるための木の実を捜し始めた。そのためにはまず木の実の在り処を突き止めなければいけないと思って、部屋に籠って多くの本や、取り寄せていた葉書を何枚も読んだ。しかし、木の実の在り処は一向に掴めなかった。
そんなとき、「木の実研究」という分野を知って、その響きに強く興味を持った。自分の求めているものはこれしかないと思った。そうしてその分野について書かれている葉書を取り寄せたものの、葉書たちは木の実については沈黙していた。或いは、木の実とは自分が考えることだ、と言っている賢者がいることもわかった。だから、自分で木の実を捜さなければならないと思った。
そうして僕は、とりあえずそのためには「木の実研究」の研究会に所属したほうがいいと思って、木の実研究の本部がある「西の賢者の街」に移住することに決めた。しかし、「西の賢者の街」に移住するためには、あの過酷でつらく、悪ガキどもの多い軍人養成所に三年間も通わなければならないのだった。
そうは言っても背に腹は代えられなかったので、僕は軍人養成所に再入所して、鍛錬された。以前通っていたところと違って、最下級クラスの軍人を養成する養成所に入り直した。体調も悪くなったが、なんとか出所することができた。そうして僕は、四月の風が温かい中、賢者の街へ移住する若者のための集合場所に行き、大勢と一緒に旅路に着いた。南の賢者の街への移住者と東の賢者の街への移住者もかなり多かったように思う。
朝と昼に移動し、夜は賢者の街から送られてくる書類を読んでそれぞれ自主的に勉強し、宿屋で寝る日々に、僕は南の賢者の街への移住者と、同じ西の賢者の街への移住者の、二人の友達を作った。西の賢者の街への移住者の友達とは、毎晩徹夜でいろんなことを話した。人生のこと、死のこと、生まれること、笑いのこと、音楽のこと…。僕は、こんなに楽しいことはこの世にはない、と思っていた。そんな日々にも、僕は木の実研究を欠かすことはなかった。「賢者を学ぶ会」という学生修行団体にも入った。
「ねえタルキ、今日の書類はどうだった?ちょっとあの親方はどうかと思うんだけど…」
「いや、あの親方のことは凄いと思ってるよ。だって、明らかな才能を感じるもん」
「俺にはそうは思えないけどなあ…」
友達と僕が会話すると、いつもある親方のことで意見が分かれていた。僕はよく、下の名前の「タルキ」で呼ばれるようになった。
「ところで、人は生まれるべきじゃないって問題については、タルキはどう思う?」
「そうだなあ、俺はその問題よりも、人が死ぬ権利を持っているかってことのほうが、関心があるんだ」
「つまんないなあ、この葉書見てよ、ここには、その問題はこの国では五十年は解決できないって書いてあるよ。素人が口を出していい問題じゃないでしょ」
「そういうもんなのか…」
いつも、生と死の問題については比較的真面目だった。
そうして、夜通し話して、朝を迎えるのだった。
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