第4話 李舜臣の襲撃

「くそ、これは予想外だぞ!」



「おい、湊、舵を切れ! 攻撃をまともにくらうぞ!」



 凪の怒声が聞こえてくる。しかし、潮風と轟音によって聞きづらい。



「言われなくても、分かってる!」



 俺たちは思わぬ事態に巻き込まれていた。朝鮮半島を拠点にしている舜臣しゅんしん率いる水軍の奇襲によって。別に、それだけならば蹴散らすことは簡単だ。しかし、向こうは近海の海賊と手を組んでいる。そして、明の軍も応援に駆けつけ、奥の方で停泊している。俺たちを潰すためなら、普段は敵であっても手を組むのは自然か。



 本来ならば強行突破するが、船員は生身の人間だ。俺たちは軍用のスーツを着ているが、武士たちはそうではない。だから、無理は出来ない。



「くそ、ちょこまかと動きおって! どうにかならんのか!」秀吉は怒り狂って、顔を真っ赤にして欄干を叩く。



「そうしたいのは山々ですが、向こうは船が小さいことを活かして、機動力で撹乱しています。こっちの主砲は長距離向けですから、簡単に撃破できないんです!」



 ハエのように動き回る敵船への唯一の対抗策は機銃だ。しかし、武士たちは扱いに慣れていない。主砲とは違い、スイッチ一つでは動かせない。彼らは四苦八苦して動かすも、反動でひっくり返っている。「くそ、卑怯者どもが! 漢なら一対一で戦わないか!」と叫びながら。



「これじゃ、埒があかない。なあ、凪! いい案ないか?」



「あったら、とっくの昔に言ってるわ!」



 やはり、凪も対策が思い浮かばないらしい。ミオはというと、何やら双眼鏡で遠くを観察をしている。



「おい、ミオ。ボーっとしてないで、こっちを手伝ってくれ!」



「ちょっと待って! もうすぐ突破策が見つかりそうだから!」



 突破策? どうやって、この小蝿どもを蹴散らすんだ? 大和の主砲が通じない以上どうにもしようがない。



「ねえ、あれを見て!」ミオの指差す先には明の大きな船が見える。この時代、明は朝鮮に有事があれば、助けるのが自然だった。史実で豊臣秀吉が朝鮮へ出兵したときもそうだった。



「それがどうした? 俺が知りたいのは、こいつらをどう撃破するかなんだが!」



 ちょこまかと動く小舟にイライラした俺は、とても人に聞かせられないような悪態をつく。



「ちょっと、明の船は停泊中よ! あれなら、大和の主砲で撃沈できるわ。目の前の敵は放っておけばいいのよ!」



 ミオのいう通りに遠くを見ると、明の船は狭い湾内で身動きが取れないのか、動く気配がない。あれなら、仕留められる。俺は狙いを定めると主砲のスイッチを押す。数秒後、遠くで轟音を立てながら、炎と煙をあげて一隻の船が沈み出す。そして、炎が隣の船に飛び移り、連鎖的に爆発が起こる。



「よっしゃぁ」



 やはり、主砲の一撃で仕留めるのは、一種の快感がある。今までの鬱憤を晴らすのに最高の手段だ。さて、反撃開始だ!



 後ろの明の大型船の爆発を見たからか、前方にいる朝鮮や海賊たちの船の動きに乱れが見られる。ボスを失った手下の朝鮮軍は右往左往している。この調子でいけば、小型船も散り散りに逃げ去るに違いない。この様子を見た秀吉は「でかした! 畳みかけろ!」と顔を紅潮させて興奮している。






 数時間後、目の前には無惨にも焼き焦げた船の残骸だけが漂っていた。



「さて、これで銀を取り戻せるってもんだ」と凪。



「凪、銀を取り戻すのはもちろんだが、もう一つやるべきことがある」



「やること?」凪は首を傾げる。



「ああ、これ以上明に攻め込まない条件として、時珍じちんを要求する」



「リジチン? 誰だ、それ。聞いたことがない名前だな」



「この時代の医療に詳しい人物さ。大和には船医がいないからな。この交換条件なら、損はしないさ」



 そんな話をしていると、秀吉が階段を降りて近づいてくる。



「なるほど、実に合理的だ。では、交渉は任せた。こっちは銀を回収して、どう使うか考える」



「ええ、お任せください。さて、明の次はどこを攻めるかな」



「おいおい、気が早いぜ。それは医学者を手に入れてから考えようぜ」凪が俺の肩を叩く。



「まあ、それもそうだな」



 どうやら俺は急ぎすぎていたらしい。しかし、次のターゲットは決まっている。スペインの植民地のフィリピンだ。いよいよ、ヨーロッパ相手に戦うことになる。これが日本の未来を決める第一歩だ。今回の件もある。相手をみくびってはいけない。確実に仕留めてみせる。そして、未来を切り開いてやる。

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