第5話 フィリピンの地に響く轟音(箸休め)

「さすがスペイン艦隊、明の時みたいにはいかないな」



 俺は大和の主砲で敵船を叩きながらぼやく。



「当たり前でしょう? 大航海時代はスペイン、ポルトガルが台頭してきた時代なんだから」とミオ。



 俺たちは現在、フィリピンでスペイン艦隊とドンパチしている最中だ。もちろん、大和の主砲の威力の前ではスペイン軍も無力だ。しかし、陸上戦なら勝ち目があると考えたのか、船を捨てて森の奥に駆け込んでいく。これでは、大和の出番はない。だが、武士たちを送り込めば、陸上戦でも十分に戦えるに違いない。



「皆のもの、上陸に備えろ! スペイン軍を叩きのめすぞ!」



 秀吉はやる気まんまんだ。本人曰く「自らも上陸する」とのことだ。流石に危ないので、俺が護衛に付くことになっている。



「現地人が攻撃してこないかが心配ね。スペインと手を組む可能性もあるわ」



 それが不確定要素だ。だが、フィリピンの現地人の村とスペイン軍が逃げ込んだ場所は距離がある。手を組む可能性はゼロに等しいだろう。



「心配なのは、さっきから不気味な音が聞こえることだな」



 そう、俺たちはスペイン軍の砲撃とは違う低い音を耳にしていた。何が原因なのか分からない以上、気にする必要はないだろう。



「おい、湊。何をぼさっとしている。とっととついてこい!」



「今行きますよ!」



 秀吉は武将だから戦いが好きなのは当然として、スペイン軍を撃破して財宝を手に入れることを考えているらしい。堺の港と同じ手法だ。うまくいったことを繰り返すのは普通だが、今回もうまくいくとは限らない。





 俺たちは武士とともに上陸するが、すぐに森には入らない。森で戦うとなれば、向こうがゲリラ的に攻めてくることが十分に考えられる。ここは現地人をガイドに雇うべきだろう。



「ひとまず、村に向かいましょう」



「何を言っている! 今こそ、敵兵を叩きのめす絶好の機会だ!」



「急がば回れ、ですよ。こちらの死傷者が少なくなるように、手を打ちましょう」





 村に着くと、どの住居も扉が締められ、とても話ができるような状況ではない。あちこちにスペイン語の立て看板があることから考えると、すでにスペイン軍の支配が及んでいるようだ。こちらを敵視するのも無理はない。



「なあ、湊よ。大和に乗艦していた時より、低い音が響いてはおらぬか?」



 耳をすますと、確かにゴゴゴと音が聞こえる。なぜかは分からないが、不吉なものを感じる。



「あ、あそこを見てください! あの山、赤く染まっていませんか?」武士の一人が声を上ずらせて指摘する。



 彼の言う通り、山は普通とは違う色をしている。未来で得た情報だと、ここにはタール火山があることになっている。待てよ、火山? そして、赤くなっている? つまり、今噴火してもおかしくない! 秀吉に事情を説明すると、納得してくれて、「今すぐ撤退だ!」と命令をする。よし、これでオーケーだ。



 撤退中に気づいたのは、「現地人たちは噴火の可能性を知らないこと」だ。このままでは、彼らは噴火に巻き込まれて命を落とす。



「ちょっと待ってください! 彼らも助けるべきです」



「何を言っている! あいつらは放っておいて問題ない。我が軍を敵視しているのだぞ」



 確かにその通りだが、緊急時には敵も味方も関係ない。俺は民家の一つのドアを叩くと、火山の噴火を伝えようとする。もちろん、彼らから反応はない。



 それならば強硬手段を取るまでだ。俺は電気銃を握ると、ドアに向けてぶっ放す。民家の中には、恐れのあまり隅で震えている現地人の姿だった。こうなれば、俺が悪役になっても構わない。銃をつきつけると、外に出るように身振りで伝える。




「はあ、これを繰り返していたら、噴火前に脱出できるか分からないな……」俺は一人ごちる。





 なんとか、全員を家から追い出すと、武士が刀で脅しながら大和に向かう。乗艦して全速力で離れれば、火山の影響を受けずに済む。



「おいおい、お人よし過ぎないか?」



 凪は呆れているが、さすがに追い出そうとはしない。



「全員が乗り込んだら、一気に遠海へ離れるぞ!」



 そんなやり取りをしていると、森からスペイン軍が飛び出してくる! 奴ら、これを好機と捉えたらしい。卑怯なことこの上ない。



「凪、機銃で牽制を頼む!」



「よし、任せろ!」



 俺が現地人を乗せていると、火山が段々と赤さを増していく。まずい、時間がない!



 現地人は全員乗り込んだが、スペイン軍は陸上だ。このままでは、間違いなく噴火に巻き込まれて死ぬ。だが、彼らを助けていては、こちらも死にかねない。敵とはいえ、同じ人間。戦死はやむを得ないとしても、この場においては敵味方は関係ない。



「湊、何を悩んでいる。まさか、奴らを助けるつもりか? 正気ではない!」



 秀吉の言う通りだ。「ミオ、出航の準備だ!」



「了解!」





 ミオの操縦のもと、大和は段々と湾を離れる。次の瞬間、火山が轟音とともに真っ赤なマグマを噴き出す。



「結局、助けられなかったか……」



「湊、情けは自らの身を滅ぼす。それを肝に命じておくのだ」戦国時代を生き残ってきた秀吉の言葉は心に響いた。



「それで、助けたはいいけど、こいつらどうするつもりだ? まさか、乗せて次の戦場に行くなんて言わないよな?」と凪。



「それはない。噴火の被害から免れた地域に降ろす」





 無被害の地に着くと、現地人を次々と降ろす。今回も刀などで脅して。だが、装飾物を着飾った彼らの代表らしき人物がこちらに来ると、手を合わせてきた。言葉は通じないが、感謝の気持ちなのは分かる。



「ふむ、彼らもこちらの行動の意図を分かってくれたらしいな。たまには人助けも悪くはない」



 それは戦国武将の秀吉から発せられた、意外な言葉だった。



「そうですね。何も戦いが全てではありません。こうした行為で、現地人の好意を勝ち取れば、平和的に日本の勢力下にすることもできます。そうなれば、彼らは感謝しているので、反乱を起こすこともないでしょう」



 そう、時には平和的に物事を進めることもできる。外交的な手段で。これから先、どのように日本の勢力を広げるか分からない。でも、未来のドイツやイタリアのように武力が全てではない。それだけは確かだった。

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