第4話




§



「その、さっきは、ごめんなさい・・・・・・いや、今までの事もそうだけど」



 二人掛けのベンチに僕らは間を空けて両端に座る。

 はじめこそ改まった空気からどう話を切り出せばいいのか分からなかったけれど、彼女の方からそう話しかけてくれた。



「いえ・・・・・・」



 しかし、僕はどう答えたらいいものか、言葉を濁してしまう。

 いやだって、ストーカーがいると思うと怖くて夜も寝付けなかったくらいだし、引っ越しまで考えていたから正直言って、ごめんで済ませるのはお人好しが過ぎるというものなのだけど、でも彼女の行動が悪意によるものではないと分かったら言い返しづらい。



 もうさっきで十分に反省はしてくれただろうし、これ以上追及する必要はないだろう。



「てゆうかお姉さん、僕のコンビニによく買い物に来てくれる人ですよね? いつも帽子とマスクとメガネ掛けた」


「う、うん。そうだよ」


「いつもフルフェイスだからどんな人なんだろうと思ってたから、今日初めて素顔を見てビックリしましたよ」



 あの不審者みたいな常連さんが、フタを開けたらこんなに美人だとは。なんでこんなにも綺麗なのにわざわざ顔を隠すのか不思議でならない。



「人と顔を合わせるのが苦手なの・・・・・・君だと特に」


「え、僕だとなんで特になんですか?」

「うぅ、それはぁ・・・・・・」



 なんだか言いづらそうだ。

 ここは追及せずに話題を変える事にした。



「改めてお聞きしたいんですけど、なんで僕の事、付けてたんですか?」



 真相解明に向けて、改めて問う。

 お姉さんは少し言いづらそうにして、間を空けた後、返事を返す。



「それは・・・・・・君が心配で」

「さっき言ってましたね。僕が毎日コンビニ弁当食べてるから心配だって」

「うん・・・・・・」

「でも時系列的におかしいですよね?」

「え?」



 お姉さんはキョトンとした顔をする。けれど僕はそのまま話を続ける。



「お姉さん言ってましたよね。僕が週五で働いてて毎晩コンビニ弁当を食べてるって。だから心配で料理を作ったって」

「う、うん」



 お姉さんはおかしな点がない事を確認するように慎重に頷く。

 けども、この話を聞いて僕は違和感を覚える。



「でもこの情報を仕入れるには長い間、僕の後を付けなきゃいけない訳で、その付ける動機に僕に料理を渡したいっていうのはおかしいでしょう? 後を付けた結果、僕が毎晩コンビニ弁当を食べてるって知ったんですから」


「そ、それは・・・・・・」



 僕の指摘を受けてお姉さんの瞳が動揺で揺れる。



「お姉さんが僕を付けてたのはだから、別の理由があるんじゃないですか? 僕はそれを聞きたいんです。ちゃんと理由を知りたいし、教えてもらう権利が僕にはあると思います」



 少し強い口調で言ってしまったけれど、罪を正してお姉さんに反省してもらおうとか、そういう事ではない。あくまで事実を知りたいのだ。

 するとお姉さんは、しばし口を噤む。言いづらい理由なのだろうか? と思案してると、お姉さんはおもむろに口を開いた。



「・・・・・・に、にてたから」

「? なんです?」



 思いの外、小さな声だったので僕は聞き返すと、お姉さんは俯いて身を縮こまらせてしまう。

 けれど辛抱して待っていると、お姉さんは再び口を開いた。今度は聞こえる声で。



「に、似てたの」

「似てた? なにに?」

「・・・・・・私の好きなキャラクターに」

「え?」



 どゆ事?

 思考が追いつかない。もしかして聞き間違い? いやでも今、ハッキリと聞こえた。

 好きなキャラクターに似てる。



「キャラクターというのは・・・・・・一体なんでしょう」



 小出しに言われるので、具体性に欠けている。僕は質問を続けると、お姉さんは小さな声で返答する。



「・・・・・・漫画のキャラクターです」

「え、でも漫画って絵ですよね? 似る事ってあるんですか?」

「キャラクターも実物の人も、抽象化すれば顔や体のパーツは同じ記号で表せるでしょ?」 

「記号、ですか」


「二重まぶたとか、厚いリップとか、サラサラ髪とかさ。それが三次元か二次元かで表現が変わるだけでモノの持つ意味は同じでしょ? 私の好きなキャラクターは君と類似点が多いの」


「なんか、やけに詳しいですね。もしかして絵とか描いてるんですか?」


「あ、や、その・・・・・・漫画が好きで、そういう知識とか持ってるだけで。と、とにかくキャラクターをリアルに置き換えた時、君の容姿が私の好きなキャラクターに似てたの。だから、つい・・・・・・」


「僕を付けるようになった、と」


「うぅ、ごめんなさいごめんなさい、気持ち悪い事言ってるよね? 自覚はしてるの、でもこんな事って本当にあるんだと思って君の事、意識せずにはいられなかったの・・・・・・」



 お姉さんは背中を丸めて太ももに頭が付きそうなくらい俯いて、縷々述べた。



「事情は分かりました。別に気持ち悪いとは思いません。ただ、やっぱり後を付けられるのは男でも怖いので、次からはこういう事をするのは止めて欲しいです」


「ごめんなさい、もう二度としません、神に誓います・・・・・・」



 深々と頭を下げて大仰な事を言って謝った。



「いえ、神にではなく僕に誓って欲しいんですけども」

「そ、そうだよね・・・・・・歩夢くんに誓います」

「・・・・・・なんで僕の下の名前知ってるんですか?」


「はっ! ち、違うの! たまたまコンビニで君が名前で呼ばれてるのを聞いてっ。本当だよっ?」


「制服にネームプレートが付いてるのに僕の事、心の中で名前で呼んでたんですね」


「ごめんなさい、もう二度としません。君に誓って」

「や、別にいいんですけど。ちょっとビックリしただけなんで」



 うーん、でもちょっと色々知り過ぎてる辺り、怖くないと言えば嘘になる。悪い人じゃないにしても、危うさを感じる・・・・・・。



「とにかく。お姉さんに悪気がない事は分かりましたし、今後一切こういう事を起こさないと約束もしてもらいましたし、この話は手打ちにしましょう」


「あ、ありがとう・・・・・・」



 お姉さんはそこで顔を上げて瞳をウルウルとさせた。顔だけ見ると普通に美人だから気を許してしまいそうになる。



「それで・・・・・・さっきも言ったけど、料理。君の為に作ってきたの。よかったら貰って欲しいんだけど・・・・・・」



 一段落付くと、お姉さんは持っていたトートバックを僕に差し出す。中には大量のタッパーが見える



「渡しそびれて沢山になっちゃった。あ、でも日にちの経ったものは新しく作り直してるから賞味期限は大丈夫だよっ?」



 と、してない心配を勝手に払拭してくれるけど、わざわざ作り直してまで僕に差し入れしようとしてくれたのか。

 そこまでしてくれると、素直に嬉しい。



「僕あんまり自炊しないんで、手作りの料理を見ると実家を思い出します」


「そ、そっか。ちゃんとご飯は作った方がいいよ? 毎日外食だとお金掛かっちゃうし、栄養も偏るから」


「そうですね。その結果、ストーカーも付いたし」


「本当にごめんなさい、もう二度としません後生です、後生です・・・・・・」


「すみません冗談です、冗談ですから土下座はやめて下さい!」



 なんの躊躇いもなく地面に膝を付いたので慌てて止めると、お姉さんは涙目で謝辞を述べ続けた。

 本当この人、やる事なす事極端過ぎて付いていけない・・・・・・。

 悪い人じゃないんだけどなぁ。



「とにかく、料理は有り難くもらいますね」



 気を取り直して言うと、お姉さんは「口に合えばいいんだけど・・・・・・」と不安そうだ。見た目、すごく美味しそうだけど。



「じゃあ、これは家で食べたいと思います」



 と言ったところで不意に僕のお腹がきゅぅぅぅ、と鳴る。

 それはお姉さんにも聞こえるくらいの音で、僕は思わず気恥ずかしくなる。

 照れ隠しで笑みを浮かべながら、僕は開き直って言う。 



「さっきからずっとお腹空いてたので、やっぱりここで少し食べてみようかな」

「え、いいの?」

「折角ですし」

「それは嬉しいけど、でも箸入れてない・・・・・・」

「大丈夫です、割り箸あるので」



 僕は持っていたコンビニ袋の中から割り箸を取り出す。お弁当を食べる為に貰ったものだ。

 お姉さんはタッパーをいくつか取り出すので、僕は中から焼き鮭をチョイス。

「それじゃあ、いただきますね?」

 僕は一言断りを入れると、お姉さんは緊張の面持ちになる。



 食べやすくカットされた焼き鮭を一つ摘まんで食べると、柔らかな触感と塩見の利いた甘さが口の中に広がる。

 うむ、これは実に――、



「っっ・・・・・・!」



 刹那!

 軽い頭痛に襲われたと同時に、目の前の視界が霞がかって見えた。

 そして僕の身体は突然、制御を失ったみたいに身体から力が抜け、姿勢を崩して視界が大きく揺らぐ。 ・・・・・・これは、一体。

 ・・・・・・お姉さん、僕に、一体なにを・・・・・・?



「・・・・・・じょうぶっっ?」



 ねぇ! ねぇ!

 遠のく意識の最中、お姉さんが僕に呼びかけるのが聞こえる。

 でも、それに応える事は出来ない。視界と共に、やがて意識も暗闇の中へ放り出されてしまった。

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