第3話




「違うんです! わ、私なにもしてないんです! ただ、遠くで見てただけでっ・・・・・・!」


「だからそういうのをストーカーって言うんでしょっ」


「だから違うんですってばぁ・・・・・・!」



 泣き言を漏らす女性を見て、僕は心当たりを感じた。

 彼女が着ている服に見覚えがあって、そしてすぐに合点がいく。

 この人、うちの常連さんだ。



 さっき金剛先輩が話していた帽子、マスク、メガネをしたフルフェイスの女性。

 今はマスクも帽子も外しているけれど、見た事のある服装なので間違いない。



 今まで一度も素顔を見た事がなかったけれど、見てみるとめちゃくちゃ美人な人だった。見た目は金剛先輩よりも少し大人っぽいから二十五、六歳くらいだろうか?



 端正な顔立ちをしていて、目は大きく、鼻筋は通り、艶やかな黒髪は肩越しまで伸びている。見た目は美人だけど、どこかあどけなさも残っている。

 え、まさかこの人がフルフェイスの人だったのか・・・・・・。



 なんでこれだけ美人なのに素顔を隠していたのだろう? たぶんすっぴんでも全然綺麗だよね?

 などと、僕は常連さんとして彼女を見ていたけれど、すぐにハッとする。



 そうだ、僕がここに連れられて来たのはストーカーに会いに行く為だ。そして目の前にいる彼女は、そのストーカー張本人・・・・・・。



「あ・・・・・・!」



 その女性が僕の存在に気付いた時、目を丸くして、そしてすぐに慌て始める。



「き、きみっ・・・・・・、はぅっ、な、これはちがくて・・・・・・! ゃ、そのぅ、あのぅ・・・・・・」



 僕の顔を見た途端、しどろもどろになにやら言い訳をするも、言葉が出てこない。



 僕を連れた警察官の人が、もう一人の警察官とアイコンタクトを取りながら「なに、知り合い?」とヒソヒソ会話している。事情を共有しながら二人の警察官は理解を深め合った後、僕らに会話を促す。



「君、この女性とは面識はあるのかい?」



 最初、僕に声を掛けた警察官がそう訊ねるので、僕は頷く。



「えぇ、まぁ・・・・・・」一応、常連さんです――と答える。



 すると女性は少しだけ安堵する。けれどかかった容疑はすぐには晴れない。



「君たちの関係はなに? 店員と客以外になにかあるの? 交友関係とか」


「いえ、ただの店員とお客さんですけど・・・・・・」



 そう言うと、彼女が「で、でもでもっ。よく買い物に行きます!」と、補足説明した。だからそれはただの店員と客なんだけど。



「ふーん。で、店に通ってるうちにこの子の事が気になって付けていた、と」


「つ、付けてたっていうか、彼の事が心配でつい・・・・・・」



 と、彼女は言うので、警察官が首を傾げる。



「心配とは?」



 すると彼女は一呼吸置いてから気持ちを落ち着かせて話を再開する。



「若いのに週五で働いていて、それで毎晩コンビニ弁当を食べているんです。それで私、生活は大丈夫なのかと心配で・・・・・・」


「・・・・・・っ!」



 それを聞いて僕はゾッとした。

 なんで僕が週五で働いていて、毎晩コンビニ弁当だって知ってるんだ・・・・・・? それはつまり、僕の事を毎晩付けていたからじゃないのか・・・・・・?

 警察官も同じ考えに至り、話を聞き終えてから静かに、



「つまり、ストーカー行為を認めるという事だね?」


「なんでっっっ? 話聞いてましたかっ? 私なにもしてませんってば・・・・・・!」


「今の話で、なにもしてませんはまかり通らないんだよ! あなたのやってる事は立派なストーカー行為!」


「ち、違います! 心配だっただけなんです! 信じて下さい!」



 常連さんの彼女は、悲痛な声で反論する。

 と、その時だった。

 彼女の肩に掛かったトートバックが勢い余ってスルリと滑り落ちた。そのままトートバックは地面に叩き付けられると、中身が飛び出す。



「これは・・・・・・」



 トートバックから出てきたのは、大量のタッパーだった。

 煮卵、きんぴらゴボウ、さつまいもの煮物、焼き鮭、ハンバーグなどなどタッパー一つにつき一品料理が入っていた。

 中には落ちた衝撃でフタが外れ、溢れ落ちたものもあって、折角美味しそうに出来ているのに、アスファルトに散らばり、砂利に塗れているのを見ると、少し胸が痛んだ。



 僕はタッパーを拾うと、手の空いていた警察官も一緒になって拾い、そして彼女はタッパーをトートバックに詰め直してから、最後にこぼれ落ちた肉じゃがを素手で拾ってタッパーにしまっていく。



 折角、美味しそうに出来ている肉じゃがなのに、地面に溢れ落ち、砂利が付いてしまって残念な絵面になっていた。あまつさえ、それを拾い上げる彼女の手はすごく白くて透き通っており、アスファルトとの対比によって尚一層、綺麗に見えた。見えたからこそ、地面に溢れた肉じゃがを拾うその手が汚れていく様は、すごく胸が痛む。



「これ、あなたの手作り?」と、警察官の一人が、どこか同情めいた声で言う。ので彼女は、少し躊躇ったような声で、



「・・・・・・はい、そうです」と呟いた。 気になって彼女の顔を見ると、目が潤んでいた。泣きそうになるのを我慢していた・・・・・・。



 それを見て、チクリ。虫刺されのように、小さな痛みなのに気にせずにはいられなかった。

 ・・・・・・でもなんでこんな量のおかずを持っていたんだろう?



 とてもじゃないけれど、女性一人が食べるにはあまりにも多い品数。だし、作り置きのおかずを一人で持っているのも不自然だ。

 ――誰かの為に作って、持ってきた。

 と、考えるのが自然な流れだけども・・・・・・。



「でもこんな量、一人で食べ切れないでしょ? なに、誰かの為に作って持ってきたの? 保冷剤とか入ってるし。仕送り?」



 警察官は質問を続けると、彼女はおもむろに目元を拭いながら、



「そうです・・・・・・」

 と返事を返す。

 ――不意に。



「ぅ、ぅぅ・・・・・・」と、嗚咽が漏れる。

 見てみれば、彼女の目から涙が溢れていた。



 おかずを拾い上げる行為を惨めに感じて、思わず涙が出てきてしまったのだろうか。

 その様子に、僕と警察官二人は面喰らう。



「これ・・・・・・、この子に、食べさせてあげ、たぐぅ、てぇ・・・・・・」



 涙と一緒に、彼女の本心が溢れ落ちた。

 その言葉に嘘がない事は明白だった。いくら泥を塗っても全て弾かれる潔癖さが、その言葉にはあった。



 心から出た言葉は、悪意を全てはね除けてしまう力がある。だからきっと、彼女の言った事は本当で、本心で、心からの言葉。偽りのない本音。

 警察官の一人が、おもむろにポケットからハンカチを取り出す。



「これ使って下さい」

 言うと、彼女は首を横に振る。

「汚れますから・・・・・・」



 気を遣う彼女に悪意があるとは到底思えない。ストーカーをしていたというのもきっと、自覚があった訳ではないのだろう。

 ただ、この人は不器用だっただけなのかもしれない。

 警察官も彼女の内面に触れて、悪意がない事を確認した事で、口調が柔らかくなる。



「いいですから、使って下さい」



 すると彼女は渋々受け取って「ありがとうございます」と言ってハンカチで目元を拭った。

 警察官は改めて、彼女を諭すように言葉を掛ける。



「あなたに悪気がない事は分かったから、今回は注意するに留めるけど、相手が誰だろうと後を付けられたら怖いし、次からは絶対にこういう事はしちゃダメですよ?」



 最大限、寄り添う形で警察官はそう言うと、ちゃんと胸に響いたのか、彼女は泣くのを我慢するように嗚咽の混じった声で頷く。



「は、ぃ・・・・・・ご、めんなざぃ」



 こうして、事態は意外な形で収束を迎える。

 警察官が去った後、僕は常連さんである彼女と改めて話す事となった。 正直、早く家に帰りたい思いもあったけど、無下にするのも申し訳ないし、ちゃんと二人で話し合って終止符を打ちたかった。



 僕は近くの公園に立ち寄って、ベンチで二人、話をすることに。

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