第2話
今日は九月一日。始業式。
夏休み明けって、一年で一番、身体が重い日だ。
夏休み中はきっと、みんな部活か塾で過ごしたんだと思う。
でもおれはずっと家で、ゲームとアニメを観て過ごした。
朝から昼までアニメを観て、昼ごはんの後、ゲームをして、夕飯の後は推しのアイドル、ミクミクの動画を観る、そんな毎日を送った。
だから、全然勉強をしていない。前はあっくんと塾に通ってたけど、中二でやめている。
ああ、嫌なことばっか。
なんでおれって、こんなにだめなんだろ。
おれが突然消えても、一人分の二酸化炭素が減るくらいだ。そう思ったら、なんだか泣きそうになる。
その時、あっくんのスマホが震えた。あっくんのお母さんからメッセージだ。
『ヒロくん!今日のお昼はちらし寿司なんだけど、一緒にどう?』
——食べに来て。
あっくんが言う。
「いいの?」
一気に空が明るくなったような気がする。
そうだよ、おれもちゃんと誘ってもらえるような人間だ。
眩しい太陽に目を細めて息を吸い込んだ。
学校に到着すると、廊下で女子たちが騒いでいた。輪の中心に一人だけ男子生徒、高橋くん。
高橋くんは去年のミスターコン優勝者で、選抜クラスの秀才でもある。女子たちが興奮した様子で話しかける様子はもはや芸能人。
男子の多くは高橋くんを妬むけど、おれはむしろ尊敬している。中等部から一緒のおれは高橋くんが努力家だって知っている。
その脇を森先生が通り過ぎた。その瞬間だけみんな会話が止まる。
校内一の美人教師、そして変わり者だと言われている。
職員室では二人の男性教師がコーヒーを啜っていた。
「そういや今日、進路希望票の回収日ですね」
本日より新学期。受験生を受け持つ二人の間で受験の話題はつきない。
「一応、四月時点で運動部たちはスポーツ推薦、そこそこ要領のいい子数人が指定校推薦、残りは可もなく不可もなく。あ、二、三人は専門だったかな」
「例年通りですねぇ」
中高一貫校であるこの学校は、全学年が文理クラスと選抜クラスに分かれ、学力の差はピンキリである。
「おはようございますー、ちょっとよろしいですか?」
突然、後方から声がした。二人の教師は身体をびくりと波打たせた。
現れたのは美人教師——森順子だった。
「一人、気になる子がいるんです」
高く透き通る声、円らな瞳が二人に向けられた。
「どの子ですか」
二人同時に答えると、彼女は髪を右耳にかけ微笑んだ。
「1組の、成田ヒロくんです」
「成田、ですか」
1組——文理クラスの担任、山根は眼鏡を押し上げ、咳払いする。「あの、なんでまた成田?」
成田ヒロ。
成績は中の下。スポーツ推薦頼みの運動部でなく、かといって内申書に力を入れるやる気もない。定期試験は毎回赤点ギリギリだ。
クラス内でも比較的地味——おとなしい方でさして個性も感じられない子だったはず。
森は小首を傾げ、山根を見る。
「四月時点で彼はいかがでした?」
山根は手元の進路希望票をめくり、紙から視線を外さずに応えた。
「地元のB大希望です」
あの、それが何か?顔を上げた時、既に彼女はいなかった。
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