第二話
じいちゃんはその更に奥、寺に二つある渡り廊下の一つを進んでいった。
それは本堂の表側ではなく裏側、いわゆる
裏堂の引き戸を開けると、むわっとした空気が飛び出し、湿ったほこりと、カビのような臭いが鼻に届いた。
戸の向こうはまさに漆黒の闇。
当然俺は入るのをためらったが、構わずじいちゃんはずんずん進んで行く。
しかたなく追っかけると、足で何やらぐしゃりと踏ん付け、暗闇で眼を凝らして「G」の死骸だと理解し、絶叫する。
「──情けない声出すな。ほれ、こっちだ」暗闇の奥からじいちゃんの声。
俺は手探りで、そちらへと進んだ。
パチリ。
急に辺りに電気が灯り、俺は一瞬、眼が眩んだ。
徐々に明りに慣れてくると、そこはがらんとした長方形の畳敷きの部屋。
振り返ると開け放たれた引き戸の少し先に、さっき踏ん付けた「G」が見え、それほど大きな部屋ではなかったと気付かされる。
「──さて、お前に見せたかったのはこの奥だ」
声の方を見ると、そこにはじいちゃんと、四枚の
どうやら、更に部屋があるらしいのだが、俺はその光景に後退りする。
なんと襖と襖の継ぎ目には、びっしりとお札が貼り付けられていたのだ!
俺「──ちょ、これ、大丈夫?」
じ「ん? 前と同じで何か見えたか?」
俺「い、いや。何も──見えないけど」
じ「じゃ、大丈夫だろ? どうして見てもないのに驚く? 見えてから驚け」
じいちゃんは慣れた手つきで、お札をぺりぺり剥がして行く。
──本当に大丈夫か? と思っていると、やっぱり大丈夫じゃなかった。
すべてのお札を剥がし終ったとき、室内の温度が急に下がったように感じたからだ。
じいちゃんは、そんな俺の様子を見て取ったのだろう。
じ「何か感じたか? 大変結構。危機を察知する直感はさながら
俺はこっくりと頷いた。
じいちゃんがまるで空気でも押すように、すうっと襖を開く。
瞬間、俺は鼻を押さえた。
異様な臭気を感じたからだった。
それはゴミの腐敗臭というよりか、溝や下水のヘドロみたいだった。
が、それは本当に一瞬のことで、消臭スプレーでも撒いたように、すぐによく分からなくなってしまった。
襖の向こうにあったのは、幾つもの棚だ。
まるでちょっとした図書室みたいに、背の高い棚が続いている。
ただ、そこに並べられているのは本ではなかった。
例えばそれは、刀剣であったり、高い茶碗でも入っていそうな木箱であったり、巨大な陶器の皿や漬物石風の岩、木彫りの仏像、あるいは日本人形などなど──
俺「なにコレ? じいちゃんのお宝コレクション?」
じ「まさか。これはみな全て『いわく物』よ。その内側に何かを宿し、人に障りがある物だ──」
俺「え! じゃあ、これ全部──
じ「最近はそういう言い方をするのかね? まあ
俺「だけど、どうしてこんなにたくさんあるのさ?」
じ「さっきの
俺は改めて、その大量の呪物を眺めた。
決して良い趣味ではないし、じいちゃんにその気もないみたいだが、なかなかに圧巻のコレクションだ。もしかしたら、本来はそれぞれ博物館とか資料館に納められるべき品々かも知れない。
不謹慎な話だが、俺はちょっと興奮していた。
ここに並んでいる一つ一つに怪奇なストーリーがあり、恐ろしくも不思議な何かがその内に宿っている──そう考えると、イヤでもテンションがあがってくる。
俺は試しに、頭が二つあるミイラとか、子供の指が入った小箱はないかと訊ねてみたが、「そんなもんは無い!」の一言にガッカリする。ただし、「人魚と鬼のミイラはある」とのことだった。(見せて! と頼んだが、絶対駄目! だそう)
じ「──さて、お前にこれを見せたのには理由がある。実は明日、ここに新しく仲間が一つ加わる予定なのだ」
俺「え! 更に呪物が増えるの?」
じ「ああ。初めは断ったんだが、相手はうちの
ワシは何かを新しく引き取るとき、まずは供養を行い猛りを鎮め、その後ここへ納めることにしておる。残念なことに、中のものはなかなか消えぬでな。長い年月をかけてそれが成仏したとき、本当の供養となるのだ。
お前に手伝って欲しいのは、その最初の供養だ。執り行う儀式は場合によって、長時間に及ぶこともある。なので、助けてくれると有難いのだよ」
俺が再度、了解の旨を伝えると、じいちゃんはしばらくその場で読経を始めた。
さすがにお経のことは解らないので、俺はとりあえず目を閉じ、手を合わせる。
それが済むと、じいちゃんはさっきとは逆に、ぺたぺたとお札を貼っていった。
ふいに、また微かなヘドロの臭いを感じたが、お札を貼り終わる頃にはきれいさっぱり無くなって、部屋の中にも夏の蒸し暑さが戻ってきた気がした。
俺たちはやや遅めの昼食を取り(じいちゃんが作るカレーは必ず水のように薄い!)、その後は夜が更けるまで、明日の手順について話し合った。
なんだかんだ言っても、やっぱり俺の感情はおかしくなっていたのだろう。
じいちゃんが客間に用意してくれた布団に入った後も、俺の頭の中には今日一日の出来事がぐるぐると回っていた。
今日の体験を友達に送ったら、どんな返事がくるだろう?
驚くだろうか?
──いや、待て! 頭が狂ったと思われるぞ!
俺はスマホの画面を眺めながら、なかなか寝付けなかった。
その日の眠りは浅く、内容は憶えていないが、何度も短い夢を見ては覚醒を繰り返した。
ただ一度だけ、夢うつつにあのヘドロの臭いを嗅いだように思ったのが、少しだけ気になった。
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