俺とじいちゃん ~封印の部屋とオミキノツボ~
百々嗣朗
第一話
身近な人に霊能者が居ると、面白いけど大変って話。
俺の母方のじいちゃんってのが、S県の山奥の寺で坊主をしてた。
じいちゃんはその地域ではちょっと有名な霊能者。
葬式とか法事とは別に、噂を聞いたそっち系で困ってる人がちょいちょい訪ねてくるので、そういう場合には除霊だか、お祓いだかをやってあげてたみたい。
(しかもほぼ無料!)
昔は家族で遊びにも行ってたんだけど、俺の母親は寺生まれの癖に超常現象の超否定派。
曰く、「じいちゃん本人は嫌いじゃないんだけど、やってることが嫌い」らしく、最近はあんま近付きたがらない。(あえて疎遠にしてる、って感じか?)
だけど俺個人はまったく別で、夏休みになるとよく一人で遊びに行っていた。
その夏も、俺はいつものようにじいちゃんの寺に行った。
寺はちょっとした山のてっぺんにあって、それこそどこまでも続くようなボロい石段を登った先にある。(正直、除霊を有料にしてこの石段を直せ! って思う)
俺がヒイヒイ言いながら石段を登りきると、そこには見えるのは巨大な入口の山門。その中央には、分厚い一枚板をくり抜いて作った古い龍の彫刻があった。
俺はこの龍がけっこう好きで、寺に着いたときは必ずこれを眺めるのが習慣だったんだが、今日に限っては忘れてしまった。
というのは、境内から騒がしい声が聞こえたんだ。
見ると、少し先の地面を何かが
それは
「あああああああ! あああああああ!」
俺はぎょっとし、数秒間固まった。
が、すぐに解った。人間だ。
灰色のワンピースを着た、十代前半くらいの女の子だ。
「あああああああ! あああああああ!」
女の子は絶叫しながら、参道として舗装されたコンクリの上を、まるで駄々をこねる幼児のように転げ回っていた。
ただ、その動き方が普通じゃないんだ。
自分の身体がどうなろうが知ったこっちゃない、って感じで、あらゆる部位をバシン、バシンとコンクリに打ち付けている。
あっちこっちに擦り傷ができ、なかには血も滲んでた。
それを見て、俺はようやく「助けなきゃ!」って思った。
で、その子に駆け寄ったんだ。「ど、どうした? 大丈夫か!」
すると、遠くから爆音の怒声が飛んできた。
「
見ると、真っ黒な袈裟衣をまとったじいちゃんが、本堂の方から猛ダッシュで駆けて来るところだった。
瞬間、今まで駄々をこねてた女の子が跳ね起きた。
両手両足を大の字に開き、こっちに迫って来る!
「ひっ!」
俺は後退ったが、飛び付かれ、がっちりホールド。
そして耳元で例の、「あああああああ! あああああああ!」
正直、鼓膜が破れたかと思った。
が、もっとヤバいのは締め付けの方だ。
とてもじゃないが、十代女子の力じゃない。大人の男か、それ以上だ!
「痛い痛い、痛いっ! くっそ、ふざけんな!」
そこにようやく、じいちゃん到着。
女の子の腕の隙間に、自分の腕を滑り込ませ、俺から引き剥がすと羽交い絞め。
とはいえ奇声の度に、女の子が頭をぐわんぐわんと揺らすので、じいちゃんは何度も顔面に頭突きを食らいまくる。
俺が手助けようとすると、
「いいから動くな!」と怒鳴り、体重をかけて女の子をうつ伏せに倒していった。
じいちゃんは女の子を押し潰したまま、何事がブツブツと呟き始める。普段のお経とは違う、呪文のような言葉だった。
その間にも、女の子は体重の掛かっていない両足を、じいちゃんのケツとコンクリの地面に往復させる。
これがまた、どうなってもいい本気の力なんだ。
蹴りが当たると「うっ」となって、じいちゃんの呪文が止まる。
また女の子の足も、バチンッ、とコンクリを鳴らすんだ。
俺がビビり散らかしながら見守っていると、
「おい! ぼーっとしとらんで手伝え!」じいちゃんが怒鳴る。
動くなと言ったり手伝えと言ったり、一体どっちなんだと思いながら、俺は女の子の足をつかみにかかった。
初めは押さえるのも精一杯だった足は、呪文が続くようになると徐々にゆっくりになり、やがて動かなくなった。
じいちゃんは女の子を抱き留めていた片方の腕を外し、手の平を開いて彼女の後頭部に置いた。続いて、ぐいっと何かをつかみ出す動作をした。
俺は、一生忘れられない光景を見た。
ズルッと、女の子の頭の中から黒い霧の塊が出てきたんだ!
サッカーボールくらいあるそれは、しばらくじいちゃんの手の中で滞留していたが、やがて日の光にとけるように霧散していった。
俺は理解が追いつかず、しばらくその場で呆然としてしまった。
正直、これが初めて幽霊を見た体験だった。
「──いやあ、よう来たな、蒼太。電車は混んでなかったか?」
女の子の上から下りて、じいちゃんが言った。
俺は答えなかったが、「──他に言うことあるだろ」と思った。
※ ※ ※
じいちゃんの話では、女の子は隣県からの客で、ここへ来るまでにずいぶんと霊能者をたらい回しにされてきたようだった。
最初の計画では、本堂に閉じ込めてお祓いするつもりだったが、付き添いで来ていた女の子の母親にいきなり体当たりをかまし、逃亡を図ったのだという。そして追いかけて行ったら──俺が居た、という訳だった。
幸いにも、女の子はすぐに意識を回復したが、身体の傷が心配なので、じいちゃんの紹介する近場の病院へ行くこととなった。
問題は、あの長い石段だ。
俺とじいちゃんは二人がかりで、汗だくになりながら女の子を担ぎ下ろした。(正直、女の子から食らったベアハッグよりこっちの方がキツかった!)
とはいえ、母親が運転する軽自動車の後部座席に彼女を乗せたとき、弱々しい笑顔だったが「──ありがとう」の言葉を聞いたときには、何だかすべてが報われた気がした。
俺とじいちゃんはようやく一息ついた。
口の中に黒糖の甘さが広がり、それをキンキンの麦茶で流せばもう最強!
だけどやっぱり俺の中には、さっきの恐怖と興奮が渦巻いていて、じいちゃんのしてくる軽い世間話も頭に入らない。
「──ね、じいちゃん。さっきの黒いヤツ、一体何なの?」
話の途中にそう俺が割って入ると、じいちゃんは急に神妙な顔になり、
じ「──お前、あの悪霊が見えたのか?」
俺「見えた。ハッキリ見えた」
じ「どんな風に見えた?」
俺「黒い霧だった。大きさはサッカーボールくらい。とけるように消えてった」
じ「──そうか。見えてしもうたか──」
じいちゃんはそこで一旦、黙り込んだ。
俺は、見えてはいけない物だったのではと思い、急に不安になった。
じ「──お前、毎年ずっとウチへ来とったろ? 多分その所為で、開いてしもうたのかも知れんな──」
俺「──開いたって、何が?」
じ「新しく、眼が開いた、ってことだ」
じいちゃんは俺の額に指を当て、短い一本の線を引いた。
じ「どうだい、お前? こういう世界に興味あるか?」
俺「無くはないかも。てか、実際見ちゃったし──」
じ「だったら一つ、手伝ってみんか?」
俺「え! 俺に手伝いなんて出来るの?」
じ「なあに、難しいことは期待しとらんよ。ジジイの体力じゃ大変なとき、ちょっと補助して欲しいというくらいだ。ただでさえ、ばあさんが亡くなって以来、一人で何でもしなきゃならん。年寄りの身体には堪えるのよ──」
ばあちゃんが亡くなったのは二年前の事。
死因は脳卒中で、徐々に弱って行ったのでない、本当に突然の事だったから、家族で酷く驚いた記憶がある。
俺はじいちゃんの提案にちょっとの恐れを感じつつ、同時に強く興奮していた。
何か特別な霊感が欲しい訳じゃなかったが、あちらの世界をちらりと覗くことについては、「怖いもの見たさ」的な関心があった。
俺「うん、解った。俺、手伝うよ。なんせ、じいちゃんには長生きして欲しいからね?」
じ「おお、そうか。そりゃ有難い。それならちょっと、面白い物を見せてやるとするか──」
立ち上がったじいちゃんは、部屋を出るよう促した。
俺は最後の麦茶をぐいっと飲み干すと、一緒になって部屋を出た。
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