エピローグ: 新たな春の誓い

桜の満開の下、僕は千紗の墓前に立っていた。「千紗」と刻まれた小さな石碑と、その横で静かに風に揺れる桜の花びらが、まるで彼女の存在を感じさせるようだった。


「千紗さん…」


思わず声が漏れた。彼女と過ごした日々、彼女が選んだ道、そして僕たちに残してくれた想いが次々と胸に蘇る。千紗さんの夢は、今でも僕の中で生きている。


「僕は、君の選んだ道を完全に受け入れることなんてできないよ。でも、君の願いを無駄にはしない」


僕は彼女にそう誓いながら、手に持っていた白い花を静かに供えた。その瞬間、遠くから人の声が聞こえた。浩介と佳奈だ。二人は千紗さんのために花を持ち、こちらに向かってきている。


僕は咄嗟に背後の桜の陰に身を隠し、二人の様子を見守った。浩介が花を供え、佳奈が千紗さんへの思いを語る姿を、僕はただ黙って見ていた。


「千紗ちゃん、私たち、頑張ってるわ。あなたの分まで」佳奈の声には、優しさと少しの悲しみが混ざっていた。


「ちー、俺たちちゃんと前を向いて生きてるよ。君が望んだように」浩介も静かに語りかける。


僕はその場を去ろうとしたが、ふとした拍子に小枝を踏んで音を立ててしまった。浩介と佳奈がこちらを振り返る。隠れたままでいることはできず、僕はゆっくりと二人の前に出た。


「将人…?」浩介の驚いた声が聞こえる。


「ごめん、邪魔するつもりはなかった。ただ…千紗さんに会いに来たんだ」僕は申し訳なさそうに言った。


三人は千紗さんの墓前に並び、彼女との思い出を語り合った。彼女との約束を胸に、彼女の想いを絶対に忘れないと、僕は再び心に刻んだ。


「将人くん、最近はどうしてるの?」佳奈が僕を気遣ってくれる。


「量子力学の研究を続けてるよ。千紗さんとの約束だからね」自分でも少し遠い目をしていることがわかる。寂しさを隠しきれない。


浩介が肩に手を置いてくれた。「そうか。ちーも喜んでるよ。俺たち、ちーのために前を向いて生きていこう」


僕たちは墓地を後にし、桜並木の道を歩き出した。その道のりは、まるで千紗さんが背中を押してくれているかのような感覚だった。


---


やがて、僕たちは小高い丘に辿り着いた。ここからは町全体が見渡せ、桜の花びらが風に舞い散る光景が広がっていた。僕はその景色を見つめ、心の中で千紗さんの声を感じ取っていた。


「ここからの景色、ちーが好きだったよね」浩介が懐かしむように呟く。


「うん、よく4人で来たっけ」佳奈が頷き、懐かしそうに目を細める。


僕は静かに空を見上げて、少し考え込んでいた。「僕たち、これからどうしていくんだろう」


その問いかけに一瞬沈黙が訪れたが、浩介が決意を込めて語り始めた。「俺は、ちーの想いを胸に、教師になろうと思う。子供たちの未来を支える仕事がしたいんだ」


佳奈も続ける。「私は看護師を目指すわ。千紗ちゃんみたいに、人を助ける仕事がしたいの」


僕は静かに頷きながら言った。「僕は、量子物理学の研究を続けるよ。千紗さんの夢を、科学の力で実現したい」


三人は互いを見つめ合い、自然と微笑みがこぼれた。別々の道を歩むけれど、その根底には同じ千紗さんへの想いが流れていることを、僕たちは感じ取っていた。


「ねえ」佳奈が提案する。「毎年、みんなでここに集まろうよ。千紗ちゃんに、私たちの成長を報告するの」


「いいね」浩介が賛同し、僕も静かに頷いた。


風が強く吹き、桜の花びらが僕たちを包み込むように舞った。その瞬間、千紗さんが僕たちを祝福しているような気がしてならなかった。


「さあ、行こう」浩介が言った。「俺たちの物語は、ここからが始まりだ」


三人は丘を下り始めた。僕たちの背中には、新しい季節を迎える決意と希望が満ちていた。桜吹雪の中、三人の姿が遠ざかっていく。そこには、もう悲しみだけではなく、未来への期待があった。千紗さんの想いは、確かに僕たちの中で生き続け、新たな道を照らしてくれている。


風が静かに吹き抜け、桜の花びらが舞い散る。一枚一枚が、まるで千紗さんからのメッセージのようだった。


「みんな、幸せになってね。私の分まで、精一杯生きて」


春の陽射しが僕たちの背中を優しく包み込み、新しい季節が始まることを知らせてくれているかのようだった。

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