第2章: 新しい世界への扉
1. 量子の誘惑
春の陽気が心地よい4月のある日、僕は教室で静かに授業を聞いていた。今日の物理の授業は量子力学の基礎についてだ。僕にとって、この内容は既知のものだったが、周りの反応を観察することに集中していた。
特に千紗の様子が気になった。彼女は目を輝かせ、熱心に先生の話に聞き入っている。その姿は、大城戸の記憶の中の千紗とそっくりだった。
「量子の重ね合わせ状態について、誰か説明できる人はいますか?」先生の質問に、千紗が迷わず手を挙げた。
「はい!量子の重ね合わせ状態とは、粒子が複数の状態を同時に取り得る現象のことです。例えば、有名なシュレーディンガーの猫の思考実験では...」
千紗の説明を聞きながら、僕の胸は温かい喜びで満たされていった。彼女の知的好奇心、そして科学への情熱。それらは全て、大城戸が愛した千紗の特質だった。そして今、その同じ姿を目の当たりにしている。
(千紗さんは、やっぱり千紗なんだ)
僕は心の中で小さく微笑んだ。大城戸の願いが叶い、千紗が自分の興味を見つけ、それを追求している姿を見られることに深い喜びを感じた。
「素晴らしい説明です、千紗さん」先生の言葉に、クラスメイトたちから拍手が起こった。
僕も心からの拍手を送った。千紗の横顔を見つめると、彼女の目に宿る興奮と好奇心が、この世界をより輝かしいものにしているように感じられた。
授業が終わり、休み時間になった。千紗が僕に近づいてきた。
「ねえ、将人くん。量子力学って面白いよね。もっと深く勉強してみたいな」
その言葉に、僕は心から嬉しくなった。「うん、本当に面白いよね。千紗さんが興味を持ってくれて嬉しいよ」
「一緒に勉強できたら楽しいと思わない?」千紗の目が期待に輝いていた。
「もちろん」僕は笑顔で答えた。「一緒に量子の世界を探検しよう」
千紗の無邪気な笑顔に、僕は心から幸せを感じた。大城戸が愛した千紗の姿がここにあり、彼女が自分の道を見つけ始めている。それこそが、この世界が存在する意味だと感じた。
2. 友情と恋の狭間
夕暮れ時、僕は学校の屋上に一人佇んでいた。屋上の強い風が頬を撫で、遠くから下校する生徒たちの声が聞こえてくる。僕の目は、校門の方に向けられていた。
そこには、千紗と浩介の姿があった。二人は並んで歩き、時折会話を交わしている。
(ああ、これは...)
4人で楽しく過ごしていた日々が、まるで映画のように脳裏に浮かぶ。あの頃は、全員純粋に未来の希望と輝きを信じていた。そしてそれがいつまでもずっと続くと無邪気に信じていた。
僕は深く息を吐いた。この世界では、みんなが自由に自分の感情を持ち、行動できる。それは素晴らしいことだ。しかし、それは同時に誰かを傷つける可能性も持っている。
(大城戸は、この状況をどう思うだろうか)
僕は空を見上げた。オレンジ色に染まる空が、どこか物悲しく感じられた。
大城戸の記憶の中の千紗は、彼を愛していた。しかし、この世界の千紗はどうだろうか。この世界に大城戸はいない。それに近い存在の僕がいるが、その役目を引き受けるべきかについては、僕には答えが見つかっていない。
(僕には、介入する権利はあるのだろうか)
できれば、彼らの選択に任せ、幸せに生きてほしい。それが大城戸の願いでもあるから。
ふと、校門の方から笑い声が聞こえた。千紗と浩介が楽しそうに話しながら、学校を出ていく姿が見えた。
(彼らの幸せが、本当の幸せなのか)
僕は静かに目を閉じた。大城戸の想いと、クローンとしての自分の役割。その間で揺れる心を、どう落ち着けるべきか。答えは簡単には見つからない。
夜の帳が降りてくる中、僕はゆっくりと屋上を後にした。明日も、また新しい一日が始まる。千紗たちの関係がどう進展していくのか楽しみだ。
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