第1章: 桜舞う日の約束

1. 春風の誓い


満開の桜が舞う4月の朝、僕は静かに目を開けた。窓から差し込む柔らかな日差しに、一瞬の戸惑いを覚える。これが僕の初めての朝――クローンとしての意識の始まりだった。


大城戸将人の記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。千紗との出会い、彼女を失った痛み、そして彼女の願いを叶えるために世界を変えた瞬間まで。それらは全て、僕の一部となっていた。


身支度を整えながら、僕は自分の使命を再確認する。千紗の願った世界を守り、見守ること。そして、彼女が望んだであろう幸せを、この世界の人々に届けること。


玄関を出ると、春の柔らかな風が頬を撫でた。桜の花びらが舞う中、僕は千紗の姿を探していた。そこに、懐かしくも新鮮な声が耳に入る。


「ちー!おはよう!」


若い浩介の声がする。振り返ると、そこには千紗が笑顔で手を振っていた。


二人が歩き始めると、千紗が元気よく話し始めた。「今日からいよいよ高校生だね。なんだか夢みたい」


「おはよう、浩介、千紗さん」


「おはよー、将人くん!」


「おう、おはよ!」


なんだか、不思議な気分だ。いなくなっていた千紗が目の前にいて、浩介がいる。


心の中では、この瞬間が来るのをどれほど待ち望んでいたか、という感情が渦巻いていた。


通学路は満開の桜並木。風に乗って舞う花びらが、僕たちの周りをくるくると舞っていた。


「ねえ、将人くん」千紗が空を見上げながら言った。「私たち、これからどんな高校生活が待ってるんだろう」


その言葉に、僕は一瞬言葉を詰まらせた。千紗の無邪気な期待に、大城戸の記憶が重なる。「さあ、わからないけど」僕は千紗の目をまっすぐ見つめて続けた。「でも、きっと素敵な思い出がいっぱいできると思う。千紗と一緒なら、何でも乗り越えられる気がするよ」


千紗の頬が少し赤くなった。「そうだね。私も、将人くんと一緒なら何でも大丈夫な気がする」


僕たちは桜の木の下で立ち止まった。舞い落ちる花びらの中、千紗と見つめ合う。


「ねえ、約束しよう」千紗が小さな声で言った。「私たち、これからもずっと一緒だよ」


その言葉に、僕の胸が痛んだ。でも、それを悟られないように微笑んで頷いた。


「ああ、約束するよ。ずっと一緒だ」


その瞬間、強い風が吹き、桜の花びらが僕たち二人を包み込んだ。まるで、この約束を祝福するかのように。


(千紗、僕は必ずこの約束を守る。君の幸せを、みんなの幸せを、きっと守り抜くから)


そう心に誓いながら、僕は千紗と共に、新しい高校生活への一歩を踏み出した。桜舞う春の朝、僕たちの物語は、再び新たな章を迎えようとしていた。



2. 再会の喜び


桜が舞う中、僕は千紗と共に桜ヶ丘高校の校門をくぐった。入学式を控えた講堂に向かう途中、懐かしくも新鮮な声が耳に飛び込んできた。


「千紗ちゃん!将人くん!」


振り返ると、そこにはやはり、若い佳奈が笑顔で手を振っていた。


「佳奈ちゃん!将人くん!」千紗が嬉しそうに駆け寄った。


僕も微笑みながら二人に近づいた。「やあ、みんな。元気そうだね」


4人で再会を喜び合う中、僕は静かに彼らの様子を観察した。みんなの表情や仕草は、大城戸の記憶の中のものとそっくりだ。しかし、同時に新鮮さも感じる。これが、大城戸が作り上げた理想の世界なのだと実感した。


「将人くんも同じクラスになれてよかったね」佳奈が僕に向かって言った。


僕は穏やかに頷いた。「ああ、みんなと一緒で良かった」


その言葉には、深い意味を込めた。大城戸の願いが叶い、みんなが再び集まることができた喜びと、その裏に隠された使命感。僕の胸の内で、相反する感情が静かにぶつかり合う。


千紗が嬉しそうに話し始めた。「ねえねえ、これからの高校生活、楽しみだね!」


その無邪気な笑顔に、僕は一瞬言葉を失った。大城戸が守りたかったもの、彼が全てを賭けて作り上げたこの世界の意味が、今、目の前で輝いている。


「そうだね」僕は静かに答えた。「きっと素敵な思い出がたくさんできると思う」


4人で肩を並べて講堂に向かう中、僕は彼らの会話を聞きながら、自分の役割を再確認した。この世界を見守り、彼らの幸せを守ること。そして、決して大城戸のような過ちを繰り返さないこと。


入学式が始まり、校長先生の話を聞きながら、僕は千紗たちの横顔を見つめた。彼らの目には希望と期待が輝いている。その光景に、僕は静かな決意を固めた。


(みんな、僕はきっと君たちを守り抜く。大城戸が願った通りの、幸せな未来を築いていこう)



3. 運命の組み合わせ


入学式が終わり、僕たち新入生は自分のクラスを確認するために、校舎の掲示板に向かっていた。千紗、佳奈、そして将人と僕は、期待と不安が入り混じった表情で掲示板に近づいた。


「ねえねえ、みんな何組かな?」佳奈が少し興奮した様子で言った。


「まあ、すぐにわかるさ」僕は冷静を装いながらも、心の中では複雑な思いが渦巻いていた。


掲示板の前で、僕は自分の名前を探す前に、まず千紗の名前を確認した。そして、その隣に自分の名前を見つけた瞬間、胸が高鳴るのを感じた。


「千紗さん、僕たち同じ1組だよ」僕は静かに、でも心の中では喜びを抑えきれずに言った。


千紗の目が大きく見開かれた。「本当?やった!」


彼女の笑顔を見て、僕は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


佳奈も嬉しそうに声を上げた。「私も1組!三人一緒だね!」


将人は静かに頷いた。「僕も1組だ」


四人揃って同じクラスになれたことに、みんなで喜び合った。しかし、僕の心の中では、この「運命の組み合わせ」が本当に偶然なのか、それとも大城戸が綿密に計画したものなのか、考えずにはいられなかった。


「じゃあ、教室に行こうか」僕が提案すると、みんなが頷いた。


1組の教室に向かう途中、僕は千紗の横顔を見つめていた。


教室に入ると、僕たちは隣り合わせの席に座ることになった。千紗が僕の隣の席に座る瞬間、僕は一瞬息を呑んだ。彼女の瞳に映る期待と喜び、そして少しの不安。これからの日々、彼女のすぐそばで見守ることができる。その事実に、喜びと責任を同時に感じた。


「ねえ、将人くん」千紗が僕に微笑みかけた。「これからよろしくね」


僕は静かに頷いた。「ああ、こちらこそ」


その言葉の裏には、大城戸の想いと僕自身の決意が込められていた。



4. 青春の道


入学式が終わり、春の柔らかな日差しが降り注ぐ中、僕たち四人は一緒に帰路についた。千紗、佳奈、将人、そして僕。この組み合わせは、大城戸の記憶の中でも特別な意味を持つものだった。


「ねえ、なんだか楽しいね」千紗が嬉しそうに言った。「みんなで一緒に帰るの」


僕は静かに微笑んだ。「うん、そうだね」


「将人くん、中学の時はどんな部活だったの?」佳奈が僕に尋ねた。


一瞬、どう答えるべきか迷った。大城戸の記憶と、この世界線での「将人」の記憶が交錯する。「図書委員をしてたんだ」僕は慎重に言葉を選んで答えた。


「へえ、やっぱり本が好きなんだね」千紗が笑顔で言った。


その笑顔に、僕は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


桜並木の下を歩きながら、僕は時折、三人の様子を観察していた。彼らの何気ない会話、笑顔、仕草。それらすべてが、大城戸が命を賭して守ろうとしたものだった。


「ねえ、将人くん」千紗が突然僕を見つめた。「なんだか、すごく特別な一日だったね」


僕は一瞬言葉に詰まった。「そうだね...きっとこれからも、特別な日々が続くんだと思う」


その言葉には、僕自身の決意と希望が込められていた。


四人で別れる交差点に着いたとき、僕は一瞬立ち止まった。


「みんな、また明日」僕は静かに言った。


「うん、また明日!」三人が口を揃えて答えた。


彼らが去っていく後ろ姿を見送りながら、僕は深く息を吐いた。これが僕の青春の始まり。しかし同時に、重大な使命の始まりでもある。


家路につきながら、僕は空を見上げた。夕暮れ時の空が、オレンジ色に染まっていく。



5. 芽生える想い


入学式から数日が経ち、僕は自宅の書斎で静かに思索に耽っていた。窓から差し込む夕暮れの光が、部屋を柔らかく照らしている。


千紗、佳奈、将人との再会。彼らの何気ない会話や仕草。全てが懐かしくも新鮮で、時に胸が締め付けられるような感覚を覚える。


特に千紗との再会は、僕の心に大きな波紋を投げかけていた。大城戸の彼女への想いは深く、それを引き継いだ僕もまた、その影響を強く受けている。しかし同時に、それが本当に正しいことなのか、という疑問も芽生えていた。


「千紗さん...」僕は小さくつぶやいた。


彼女の笑顔を思い浮かべると、胸が高鳴る。


立ち上がり、窓際に歩み寄る。外では、桜の花びらが風に舞っていた。


(この世界の中で、僕は何をすべきなんだろう)


大城戸は千紗の願いをかなえ、千紗自身が幸せに生きられるようにとこの世界を作った。しかし、それは本当に彼女のためだったのか。彼女の幸せとは何なのか。僕はその答えを探し続けている。


机の上に置かれた高校の教科書に目をやる。普通の高校生として過ごすこと。それも僕の役目の一つだ。しかし、その裏で常に世界を監視し、必要があれば修正を加える。その重責が、時に僕を押しつぶそうとする。


「明日からまた、みんなと普通に過ごすんだ」


そう自分に言い聞かせながら、僕は深く息を吐いた。記憶やシミュレーションに頼らずに千紗たちとの関係を築く。その難しいバランスを取ることが、僕に課せられた使命だった。


夜が深まる中、僕は静かに決意を新たにした。


明日への期待と不安が入り混じる中、僕は静かに目を閉じた。窓の外では、桜の花びらが月明かりに照らされて舞い続けていた。

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