第42話「一番のくせ者」

 シャーリーの名前を出され、ナギサは身構えてしまう。

 ミャーの言う通り、ナギサはシャーリーの風呂への誘いから逃げ続け、風呂の時間帯になれば彼女を避けていた。

 それは、男であることがバレないように予防しているわけなのだが、ミャーに知られているということは他の姫君にも知られているのだろう。

 当然、良くない状況だった。


「シャーリーと一緒にお風呂に入りたい子は……この学園に溢れてる……。でも、シャーリーは落ち着いてお風呂に入りたいから……人目を避けるように……夜遅くに一人で入る……。だから、そんなシャーリーに誘われて……喜びはすれど……避けることはしない……」


 ミャーは試すような目でナギサを見上げながら、口元に笑みを浮かべて言葉を続ける。


「ましてや……王族の誘いを断るなど……普通の貴族は絶対にしない……。そして、礼儀を重んじていて……気遣いのできるナギサも……普通なら、避けることはないはず……。それなのに、避けるのは……そうしないといけない理由があるから……」


 やはり、野生の勘を持つミャーはナギサにとって厄介な存在のようだ。

 十中八九、ナギサが男である可能性を疑っているのだろう。

 前から密着してくることもあったので、疑われていても不思議ではない。


「ミャーさんは、その理由がなんだと思っていらっしゃるのですか……?」


 ミャーの返答次第では、今すぐに逃げなければならない。

 ナギサはそう覚悟しながら、彼女の表情や仕草に細心の注意を払う。


 しかし――

「さぁ……? 私は、興味ないから……知らない……」

 ――ミャーは眠たそうにあくびをしながら、ゴシゴシと顔を手で擦り始めた。

 突然、興味を失ったかのような態度だ。


「ミャーさんが切り出してきたのに……?」

「私はただ……シャーリーが嘆いていたことを……言っただけ……。何も、追及はしてない……」


 鎌をかけられた――率直に、ナギサはそう理解する。

 おそらく、ナギサの反応を見るために持ち出した話題だったのだろう。

 これで少なくとも、ナギサがシャーリーと風呂に入ることを避けないといけない理由があることが、ミャーにバレてしまった。


 興味がない様子を見せたのは、ナギサが警戒したからかもしれない。


「心配しなくても……私は、ナギサの味方……。君の不利益になることは……しない……」


 意味深な笑みを向けてくるミャーを見つめながら、ナギサは(この子は、いったいなんなんだ……?)と思わずにはいられなかった。

 この学園で一番のくせ者はリューヒだと思っていたナギサだが、本当に厄介なのはミャーのほうかもしれない、と思い直す。

 それだけ、今のミャーが纏う雰囲気は普通じゃなかった。


「お風呂に入るの……時間になれば、外で見張っててあげる……。私も、気配を察するの得意だから……」


 その誘いは、ナギサにとって有難くもあり、最悪でもあった。

 ミャーが見張り番をやってくれるのであれば、風呂に入る際の安全性はグンッと上がるだろう。

 一番恐れるのは後から風呂場に生徒が入ってくることなので、彼女がいる限りそのリスクはなくなる。


 だが、見張り番をするということはミャーはすぐ傍にいることになり、彼女が風呂場に入ってきたらナギサは逃げることができない。

 何より、めんどくさがり屋のミャーが自分から買って出るような役ではないだろう。

 当然、裏があるはずだ。


 となれば、ここは断るのが安全だろう。


 ――だけどそれは、ミャーの機嫌を損ねることになりかねないし、疑いの目を向けられることにもなりかねない。

 最悪、リューヒやミリアをけしかけられることも考えられるので、答えは慎重に選ばなければならなかった。


「どうして、ミャーさんがそこまでのことを……?」

「理由は、いくつかあるけど……めんどくさいから……おもに三つだけ、教えてあげる……。一つ目は、君を気に入ってるから……。二つ目は、こちらもリスクを避けられるから……。三つ目は……君に、尽くす価値があるから……」


 ミャーは順番に指を立てながら、ナギサのために見張り番をする理由を教えてくれた。

 元々彼女はナギサを気に入っている素振りを見せていたが、オーガロードとの戦い以降更に距離を詰めてきている感じがするので、何かしらの理由があるのだろう。

 三つ目に言われた『尽くす価値』というのが、それにあたると思われる。


「リスクを避けられるから、ですか……」


 ナギサが一番気になったのは、二つ目の理由だった。

 やはり、ミャーは自分が男だと気付いているのではないか――そう思わずにはいられない。


「細かいことは、気にしなくていい……。これも、何かの縁……仲良くしよう……」


 ミャーはナギサの手を放し、再びベッドに転がると、楽しそうに浮かべた笑みでナギサに手招きをするのだった。


 どうせまだ風呂に入らないだろ――ということで、ベッドで話を続けるようだ。

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