第27話「逃げ道は当然塞がれる」
「――疲れました……」
あの後、ムキになっていたミリアはなんとか落ち着いたものの、一人だけ外部入学生ということで、ナギサに自己紹介をするよう言ってきた。
当然断れるはずもなく、ナギサは自己紹介をしたものの――歓迎されている雰囲気は一切なく、射貫くような視線を全身に浴び、ナギサは疲れたのだ。
その上、喋っている間ミリアもジロジロと見てきていたので、いろいろとありすぎてナギサの精神的体力はゼロに近かった。
「ふふ、お疲れ様……」
隣を歩く、いたずら猫ならぬ猫姫様は――とても楽しそうに、ナギサの顔を見上げてくる。
ナギサが疲れた半分くらいの原因は、彼女だと思うのだが。
「入学式ということで、午前で終わってよかったです……。お部屋で、ゆっくりと休めますから……」
「午前だけでそれでは……先が、思いやられる……」
そう言うミャーだが、楽しそうなのでナギサを責めているわけではない。
単純にからかっているのだろう。
「まぁまぁ、ミャー様。初めての土地で、お会いする方々も初対面な方ばかりでしたので、仕方がありませんよ」
ミャーとナギサに付いて歩いていたフェンネルが、そうフォローをしてくれる。
心優しい彼女だけが、ナギサにとって癒しだった。
「ありがとうございます、フェンネルさん」
「いえいえ、本当のことですから」
お礼を言うと、フェンネルは左手を左右に振りながら、かわいらしい笑みを返してくれた。
それだけでナギサの心は安らぐ。
しかし――
「ナギサ、ちょろい……」
――猫のお姫様は、面白くなさそうに口を尖らせた。
そして、ジト目でナギサの顔を見つめてくる。
「えっ……?」
「なんでもない……。フェンネル……君はもういい……。ゆっくり休んで……」
プイッとナギサから視線を逸らしたミャーは、フェンネルに去るよう告げる。
お昼は食堂で一緒になる可能性が高いのだが、わざわざ合わせて食べるつもりはないようだ。
「かしこまりました、失礼致します」
フェンネルは、スカートの裾を両手で上げて頭を下げると、立ち去ろうとする。
「あっ、では私もこれで……」
ミャーと二人きりになるよりは、フェンネルと一緒に離脱したほうがいいと考えたナギサは、背を向けようとした。
しかし――グイッと、首元の服を後ろから引っ張られてしまう。
「ナギサは、こっち……」
どうやらミャーは、ナギサを解放するつもりがないらしい。
「何か、用がありますか……?」
まさか、風呂に入るのを手伝え――なんてこと言われないよな、と警戒しながらナギサはミャーへと視線を戻す。
「これから、アリスが……私の部屋に来る……。だから君も……おいで……」
午前で学園が終わったことで、アリスがミャーの部屋に遊びに来るようだ。
そんな話は一度もしていなかったとナギサは思うのだが、二人は幼馴染でもあるので、わざわざ声をかけなくても意思疎通できる仲なのかもしれない。
「えっ、私は邪魔では……!?」
「大丈夫……。アリスは、来る者拒まず……」
(いや、むしろ待ち構えることになるんだけど!?)
そう思うものの、お姫様相手にツッコミを入れるわけにはいかない。
アリスとはなるべく仲を深めておきたいナギサではあったが、既にアリスとミャーが居合わせると厄介だということを知ってしまったがゆえに、拒絶反応が出てしまう。
「私が、口利きをしてあげる……ってこと……。貴族からしたら……自国のお姫様と……仲良くなれるチャンス……喉から手が出るほど……望んでるもんね……?」
困っているナギサに対し、ミャーは口角を吊り上げながら小首を傾げる。
かなり小柄ということと、愛らしい顔付きにより、本来ならかわいさを感じるものなのだが――逃げ道を塞ぎにきているので、ナギサは苦笑いするしかなかった。
(どうやって逃げるべきか……)
そうナギサが悩んでいると――ふと、背後から視線を感じた。
覚えのある気配に、ナギサは好機ととらえる。
「ミャーさん、私のことよりも、あちらの御方が御用があるようですよ?」
ナギサは話を逸らすように、チラッと後ろを見る。
そこには、曲がり角から少しだけ顔を出しこちらを見ている、アメリアがいた。
ナギサが視線を向けたことで、バッチリと目が合ってしまう。
直後、彼女はビュッンという音と共に曲がり角へと隠れた。
(こういうところは、子供らしくてかわいらしいんだけどね……)
どう考えても今更隠れても遅いのに、勢いよく隠れたアメリアのことをナギサは微笑ましく思う。
だが、ミャーは歓迎ではないようだった。
「用は多分……私ではなく……君……」
「えっ?」
ミャーの言葉に、ナギサがキョトンッとした表情で首を傾げると――
「――お、お放しくださいませ、アリス様……!」
「隠れるだなんて、アメリアらしくないよ。話があるなら、堂々と話しかけなきゃ」
曲がり角から、アリスに腕を引っ張られるアメリアが出てきたのだった。
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