第10話「最強の姫」
(タイムオーバーか……)
男を捉えるために氷系統の大魔法を使おうとしていたナギサだが、放つことを寸前のところで止めた。
今までナギサは数度組織のメンバーと闘ったことがあるが、おそらくこの男は幹部レベルではなく、その下っ端だろう。
となれば、たとえ拷問をしたとしても大した情報を得られない可能性が高い。
なぜなら、組織に関して重要な情報を持っていないからだ。
そして、下っ端がやられたくらいでは、組織はまたこの学園を狙ってくる可能性が高く、ナギサは姫君たちを守らなければならない。
ここで本気を出して正体がバレてしまえば当然アウトであり、バレずともかなりの実力を持っていることが知られれば、今後目を付けられてしまうだろう。
それでは自由に行動することもままならず、下手をすれば監視対象にされてしまうはずだ。
そのため、ナギサは自分で男を捕まえるのはやめにした。
「会長、この男がこの子を攫おうとしていまして……!」
顔見知りのリューヒに話したほうが早いと思い、ナギサは腕の中にいる少女を見せる。
それに対してリューヒよりも早く反応したのは、一緒に来ていたシャーリーだった。
「アリスちゃん!? アリスちゃんが攫われそうになっていたのですか……!?」
(アリスちゃん……? えっ、この子アリスちゃんだったの!?)
少女の名前が判明したことでナギサは、妹同然にかわいがっていた国王の孫を抱いていたことに気が付く。
見れば、髪色は昔のままであり、シャーリーたちに勝るとも劣らない
何より、組織が一番に狙うと思われていたのは、姫君たちだった。
切羽詰まった状況で忘れていたが、普通に考えればこの子はアリスの可能性が高かったのだ。
「なるほど、理解した。其方がいてくれてよかったよ、ナギサ」
言葉通り状況を全て理解したらしきリューヒは、全身から殺気を放ちながらナギサの前へと出る。
それだけで人を殺せそうなほどの凄い殺気を向けられた男は、怯むこともなく、剣を構えてリューヒを睨んでいた。
この人数差でも、まだ応戦するつもりらしい。
しかし、待ったをかけたのは意外にもシャーリーだった。
「駄目ですよ、リューヒちゃん……! 捕まえていろいろと聞きださないと……!」
「あぁ、わかっているさ。加減はするつもりだ」
シャーリーさんは何を慌てているのだろう、とナギサが不思議に思いながらリューヒに視線を戻すと、リューヒの表情が活き活きとしていることに気が付く。
もしかしなくても、闘えることを喜んでいるようだ。
(なるほど……この人、戦闘狂か……)
長らく旅をしていたナギサは、闘いを好む冒険者たちとも会ったことがあり、リューヒからは彼らと同じ匂いがした。
実力的にどうなるかはわからないが、到底手加減をするようには見えない。
「加減って、リューヒちゃん手加減をすることできませんよね……!?」
「善処はするさ。生きてさえいれば、喋られるくらいには薬で治せる」
「待っ――!」
シャーリーの静止の声を無視して、リューヒは大火事でも起こすのかというほどの炎を男に向けて放った。
全身火傷で済めばむしろ運がいいような威力の炎魔法であり、避けなければ命に係わるレベルだ。
しかし、男の手には魔法を吸い取る剣があるため、全て吸収されてしまう。
「えっ、どういうことですか……!?」
直撃したにもかかわらず無傷で立つ男を前にして、シャーリーは目を大きく見開いて驚く。
その隣にいるリューヒは、面白いものを見る目で口元を緩めた。
「魔剣か……久しぶりに見たな。魔法を吸収するタイプとは、面白い」
「ただ吸収するだけじゃないぞ……!」
面白がっているリューヒに向けて、男は大きく剣を振る。
それにより、先程吸収したばかりのリューヒの魔法が、本来の
「ひっ……!?」
「ふん、これくらい――」
シャーリーは怯え、リューヒは迎え討とうとする。
だが――辺り一面を焼き尽くさんとばかりの炎は、突如下から巻き起こった突風により、垂直で浮かび上がった。
「何……!?」
男は今もなお天高く
「風……シャーリーか……?」
「いえ、私は何も……」
いったい何が起きたのかわからない二人は、お互いの顔を見合わせた後、ナギサへと視線を向ける。
そんな彼女たちに対し、ナギサは戸惑った表情を浮かべ――
「い、いえ、私でもありませんよ……? 私の系統は、氷ですから……」
――自分ではないと、アピールした。
「後ろにおられる方々のどなたかでは……?」
そして、後ろにいるおそらく教員であろう大人たちになすりつけておいた。
当然、身に覚えのない大人たちは自分も違うと否定していき、結局誰の仕業かわからない。
――もちろん、やったのはナギサなのだが。
一般的に魔法は自身の適正系統のみを鍛えるものであり、大抵は一系統しか適性はないのだが、ナギサは特殊体質により全系統に適性がある。
だからこそ、どの系統も鍛えあげており、使うことができるのだ。
水魔法でなく風魔法を使ったのは、水魔法で相殺した場合、先程と同じように水蒸気爆発が起きてしまう。
それでは今度こそ男に確実に逃げられてしまうので、ナギサは風魔法で炎の軌道を変えて、空に放つ選択をしたのだった。
「くっ……!」
やばいと思った男は、今まで魔剣に溜めてきたであろうありったけの魔法を、惜しみなくナギサたちに向けて放ち始める。
そのまま、徐々に後退して逃亡を図ろうとしていた。
「無駄なあがきを……!」
リューヒは飛んでくる魔法を、次々と炎魔法で相殺していく。
その様子を見て、リューヒがかなり強いことをナギサは察した。
大人たちが手を出さないのも、そのためだろう。
しかし――男が吸収しているものの中には水魔法や氷魔法も残っていたようで、数度の水蒸気爆発が起きてしまった。
そのせいで、男の姿を見失ってしまう。
「追うぞ……! ナギサは、シャーリーと共にアリスに付いていてくれ! この騒ぎで目を覚まさぬということは、薬で眠らされているんだろう!」
逃がすものか――とでも言わんばかりの勢いで、リューヒは指示をし、大人たちを連れて男の影を追っていってしまうのだった。
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