第19話 紅生姜 前編

 文化祭が来週に迫っている。

 クラスではEIXTと看板に書いたり、バニーちゃんを作ったりと大変だ。しかし今いるのは教室ではなくボロボロの部活棟。


「ブロッコリー先輩、ヘッドホン先輩、遅れましたー。あ、居候先輩こんにちは」

「大丈夫ー。今ポスター作ってて、ヘッドホンが下書きしたからみんなで塗ってく。二枚同じデザインなのになんでコピーしちゃダメなんだろね生徒会はクソ」

 皆さんお馴染みの文芸部である。


「俺の靴さ、去年の秋ぐらいからずっとお母さんのなんだよね」

 わけのわからないことを言い始めたのは居候の元祖、居候先輩。

「どういうことだよ」

 ブロッコリー先輩は交通研究部(文芸部のスペシャルアドバイザー(部員ではない)がいる)から借りたカピカピの絵の具を捻り出しながら聞いた。

「去年の秋のある朝のことだよ。

遅刻しそうで焦ってたら靴間違えてお母さんの履いてきちゃって。途中で気づいたんだけど、なんかこれちょうどよくね?ってなってそのまま履いてる」

 説明されてもわけわからん。

「お母さん困っただろそれ」

「靴ないって困ってた」

 お母さん!!犯人は居候の息子さんです!!

 ていうかこの人は居候なのに、なんで当たり前のように手伝っているんだろう。


 ヘッドホン先輩がいつにもまして静かだ。

 うん。静かとかいうレベルじゃない。

 部室の奥で膝を抱えて、ヘッドホンをつけて、存在を最小にしている。もはや目立ってる。

「あの…あれどうしたんですか?」

 さすがの私も心配する。寝てるのか?疲れたのか?具合悪いのか?落ち込んでるのか?

「あー、俺ヘッドホンの起こし方知ってるからちょっとやってくるわ」

 居候先輩はそう言うとスマホを持ってヘッドホン先輩に近づいた。

 いや、起こしたいわけじゃないんだが。

「おいヘッドホン起きろ」

 居候先輩は左手でヘッドホン先輩のヘッドホンをとり、右手で星野源の『恋』を大音量で流した。

 ヘッドホン先輩は何が起きたのか理解できずに膝を抱えたまま、頭だけ上げて周りを見渡した。そして居候先輩の姿を捉えると、いや、流れている曲が『恋』だと気づくと、

「wwwww」

 無言で居候先輩の手からスマホを奪い取ろうとした。それは今までに見たことのないほど俊敏な動きだった。爆笑しながらかわされていたが。

 数秒間の格闘の後、居候先輩が折れて『恋』を止めた。

「そんなやなの?」

 この日の準備には、文化祭で文芸部と一緒に部誌を販売する漫画ファンクラブの美少女先輩二人もいた。

 今思ったけど、なんで漫画ファンクラブじゃなくて交通研究部の方が絵の具持ってんだろ。

「ヘッドホンにはちょっと刺激が強かったか」

「いや別に刺激とかじゃないし」

 ムカつく、と書いてある、前髪で見えないはずのおでこが見えた。

「とにかくおはよう」

「寝てねーし。自分の世界に入ってた」

 いや、そっちの方が謎なんだが。


「私陽キャなんですよ」

 手を動かしながら私はこの数週間感じてきた話を始めた。

「いいな。そんなこと俺も言いたかった」

 ブロッコリー先輩がブロッコリーを触りながら言った。これ天然ものらしい。

「陽キャは自分のこと陽キャって言わないよー」

 同じクラスの、数学だけが壊滅的なテディちゃんのツッコミは無視する。

「とにかく、陽キャな私は、その時気になった人、面白そうだなって思った人に話しかけるんですよ」

 これ私の長所ね。

「そんな感じで二ヶ月間フラフラしてたら、クラス内でどのグループにも属してないやつになりました」

 世にも珍しい陽キャなぼっち。

「分かるー!!俺も俺も。

あれでしょ、あの、学校内では全く困らないし、楽しいんだけど、外での遊びとかは誰にも誘われないやつでしょ」

「そぉーなんですよ!!」

「マジで分かるよ」

 仲間、部長をゲット。

「一年生の時のヘッドホンじゃん」

「黙れ」

「あ、でもヘッドホンは陽キャじゃないか」

「…」

 ヘッドホン先輩が黙ってしまうほど言われていたが、居候先輩だってここに入り浸っているような人だ。

 文芸部にはコミュニケーション能力になんらかの問題がある人が集まるらしい。

 だからここで話したかったんだ。


 近くで同じく文化祭に向けて準備をしているであろう一年生集団がレミオロメンの『3月9日』を歌い出して、青春感をぶち上げてきた。

ので、我々は坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』を流して対抗した。

「クリスマスってなんなんでしょう。

あれキリスト教のイベントですよね。カップルがいちゃいちゃする日じゃないんですよ。なんで日本にあるんですか。消えればいいのに」

 しばらくして可愛いリボンのついたスカートを履いたテディが可愛い声で捲し立てた。

「ツリー見てるカップルとか本当にムカつくじゃないですか。消えればいいのに」

 リア充撲滅強行派。

「外に出なければいいんだよ」

 隣のクラスのジャージちゃんが隣で切なすぎることを呟いた。

「クリスマスぐらい外に出ようよ!!悲しいよ!!」

 私が思わずつっこむと、ジャージちゃんは慣れているという風にこう答えた。

「クリスマスと思わなければいいんだよ」

 見習いますわ…。

「みんな恋人いるの?俺はいまーす」

 ブロッコリーのくせに!!

「俺もいます」

 居候のくせに!!

「いないわよ」

「いなーい」

 美少女なのに!!

「テディは?」

「いませんよ」

「ジャージは?」

「いないですねー」

「雪は?」

「なんでそんなこと聞かれなくちゃならないんですか?これから背後にはお気をつけてくださいね」

「怖。ごめんん!!

で、ヘッドホンは?」

 ヘッドホン先輩はずっと自分には関係ない話題だという風にそっぽを向いていたが、呼ばれたからには振り返ってしまう。

「え、俺?俺に聞いてる?

え、まあ…いないですけど」

 ブロッコリー先輩は既に知っているであろう回答を聞いて笑った。

「だってよ。狙い目だよ」

 いやいいです、とテディが即答したり、それにつっこんだり、ヘッドホン先輩が凹んだりしているうちに、一年生集団は歌うのをやめた。

 また一つ青春をねじ伏せた。

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