第14話 はじめまして
そうして仕事が終わると、エディスはカタリナに案内されて貴族の館を訪れた。
カタリナの養子先であるその館は、立派で格式高い建物で、庭園の整備も見事だった。
カタリナと一緒に歩むエディスは、微かに緊張感を抱いていた。
「もうすぐ着くわ」と、カタリナがエディスに笑いかけた。
その言葉に安心しながら、エディスは玄関の大きな扉が開かれるのを見つめた。
玄関に到着すると、カタリナの義母が優雅に歩み寄ってきた。
彼女は温かい微笑みを浮かべ、カタリナと共にエディスを迎えた。
「ようこそ、エディス様。今日はカタリナがあなたをここでおもてなししたいと言っていましたので、どうぞごゆっくりお過ごしくださいね」
義母はエディスに優しく挨拶し、抱擁して彼女を快く迎え入れた。その態度には、ただの形式的な挨拶以上の心遣いが感じられ、エディスは少し驚いた。
「ありがとうございます、お邪魔します」
エディスは少し緊張しながらも感謝の言葉を述べた。
義母に案内され、エディスは広々とした玄関ホールへ足を踏み入れた。
その瞬間、どこからか小さな足音が聞こえ、エディスが音の方に目を向けると、ふわふわの茶色い髪を持つ幼い男の子が姿を現した。
彼は大きな好奇心に満ちた目でエディスをじっと見つめている。
「こんにちは」と、エディスは優しく微笑んで声をかけた。男の子は一瞬恥ずかしそうに後ろに隠れたが、すぐにまた顔を覗かせて近づいてきた。
「エディス様、紹介します。こちらはリュカ、私の息子です」
カタリナが優しく息子の肩に手を置きながら言った。「もう3歳になります」
「3歳…?」エディスは驚きを隠せず、思わず繰り返した。
あのカタリナが母親になっているとはすぐには信じられなかった。
10年の間に彼女が結婚し、子どもを産んでいたとは…。
カタリナは息子を誇らしげに見つめ、「リュカはすごく元気で、いつもお屋敷の中を走り回っているんです」と笑みを浮かべた。
エディスは驚きと戸惑いを抱きながらも、カタリナの話を聞いていた。
二人が再会するまでの間、彼女の人生にこれほどの変化が訪れていたことを想像もしていなかった。
その後、二人はリビングに移り、暖かい紅茶が出された。カタリナはリュカを遊ばせながら、穏やかに近況を話し始めた。
「結婚したのはリュカを授かったからなんです。リュカがいる生活は本当に幸せです。だけど、夫とは色々ありまして。結局、離婚しました。でも、今は友人として良い関係を保っています。彼もリュカを大事にしてくれるし、何も問題はありません」
カタリナはそう言って微笑んだが、その表情からは、結婚や離婚に対して特に深刻な感情を持っているようには見えなかった。
むしろ、淡々と話す彼女の姿に、エディスは驚きを感じた。
「離婚…?」エディスは驚きを隠せずに問いかけた。
10年も会っていなかったとはいえ、カタリナの生活がそんなにも波乱に満ちていたとは想像していなかった。
「ええ、でも後悔はしてませんよ。彼とは今でもよく会いますし、結婚してた頃より仲が良いですよ」
カタリナは過去のことを振り返るように語ったが、その口調は軽やかで、彼女の心に特別な痛みが残っているようには見えなかった。
エディスは驚きつつも、カタリナがどれだけ強くなったのかを感じ取っていた。
過去に何があっても、彼女は前を向き、リュカと共に新たな生活を築いていた。
そんな話をしている間に、突然メイドがやってきた。「お迎えが来ました」と静かに告げた。
カタリナは少し驚きの表情を見せた。「殿下には連絡しましたか?」とエディスに尋ねた。
エディスはカタリナの質問に胸がざわついた。殿下——ジュリアンがここに来るのだろうか。
「手紙を送ったわ」エディスは答えた。
行き先も伝えずに外泊するのは気が引けたが、直接話すことができない今の自分には、手紙が一番良い方法だと思えた。
彼が「言いにくいことは手紙にしていい」と言ってくれた過去を思い出しながら、カタリナの家に泊まる旨を簡潔に書き、速達で職場に届くよう手配していた。
その時、カタリナの義母が眉をひそめ、エディスに向かって「私が対応します」と言い残し、ジュリアンのもとへ向かった。
カタリナは、王太子殿下を無碍にすることもできないが、自分が対応するのも適切ではないと感じていたため、ほっとした表情で義母の後ろ姿を見送った。
エディスは呆然としながら、カタリナの義母の配慮を受け取っていた。
彼女はエディスを気遣い、ジュリアンの訪問を避けるように取り計らってくれたのだ。
エディスはジュリアンの気持ちが全くわからないわけではないが、今の自分には彼と向き合う心の準備ができていないのも事実だった。
彼と向き合う準備ができていない自分が、ここにいることに気後れを感じ始めた。
「殿下はまた来るかもしれませんが、今はここでゆっくりしていてください。エディス様には休息が必要ですから」
カタリナは穏やかに微笑みながらエディスに言った。その優しい言葉に、エディスは少し安堵を覚えた。
カタリナはリュカを抱き上げ、再び母親としての顔を見せた。
エディスはその姿を見つめ、心の中で何かが確信に変わった。
カタリナにとって、ジュリアンとのことはもう終わっているのだ。
彼女の人生はすでに別の方向へ進んでおり、ジュリアンに対して特別な感情はもう抱いていないように見えた。
カタリナにとって、ジュリアンはただの過去の一部でしかないのだ。
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