第7話 3日目 - 三者三様
3日目の朝、エディスは調合室に向かう途中、ふと違和感を覚えた。
今日はカタリナと二人でじっくり研究について話す予定だったはずなのに、隣にジュリアンが当たり前のように付いて来ているのだ。
「なに?」と、エディスは少し戸惑いながらジュリアンに問いかける。
「いや、なんとなく君たちの研究の話を聞いてみたくなってね。それに、カタリナも来るから楽しそうだろう?」ジュリアンは軽やかに笑いながら言った。
「でも、あなた忙しいでしょう?」エディスは少し眉をひそめる。確か、今日は何件か重要な会議が入っていたはずだ。
「まあ、少しぐらい休んだっていいだろう?それに、君とカタリナがどんな風に話すのか、ちょっと興味があってね」彼はまるで当然のように言葉を続けた。
エディスは一瞬、何も言えずにジュリアンを見つめた。
まったく、どうして今日はわざわざ?と思いながらも、彼の笑顔には逆らえない。
「…まあ、仕方ないわね。だけど、あまり邪魔しないでね」エディスはため息をつきながらも、微笑んで彼を受け入れた。
やがて調合室に着くと、カタリナが既に待っていた。彼女はジュリアンがいることに気づくと、すぐにその意味を理解したようで、にやりと笑った。
「殿下、今日は特別な理由でお越しになったんですか?」と軽くからかうように問いかけた。
「いや、君たちの話が面白そうだから、ちょっと混ぜてもらおうかと思ってね」ジュリアンはどこまでも余裕を見せるかのように答えたが、カタリナの鋭い目つきにはさすがに少しだけ動揺した様子が見えた。
カタリナはそんな彼を見透かしているようで、にやにやしながら楽しんでいる。
「殿下、そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですわ。私はただの研究者ですもの、何も構えなくて結構ですわよ」と軽く言った。
その言葉に、ジュリアンの笑顔が一瞬固まる。
しかしすぐに、エディスに見せるための穏やかな表情に戻り、気を取り直して「いや、君の知識は尊敬に値するものだから、つい慎重になってしまうんだ」と、カタリナに返した。
エディスはその様子を見て、思わずクスッと笑いそうになる。
カタリナの鋭さと軽やかさ、そしてジュリアンの不自然なほどの平静さを維持しようとする姿に、なんとも微妙な空気が漂っていた。
しかし、決して険悪ではなく、むしろ和やかなものだ。
「カタリナ、それにしても本当に忙しい中、こうして足を運んでくれて嬉しいわ。ジュリアンも、あなたとこうしてお話しするのを楽しみにしていたのよ」エディスが和やかに会話を繋いだ。
「そうなの?」カタリナは意外そうに目を輝かせ、ジュリアンの方を見やる。「殿下、私のことがそんなに恋しかったのかしら?」
「いや…」ジュリアンは少し気まずそうに咳払いをしながら、「ただ、君とエディスが研究について話し合う姿を見ていると、勉強になることが多いからね。僕もその一員として役に立ちたいだけだ」と答える。
そのやりとりに、カタリナはまたもやにやにやと笑みを浮かべ、「ええ、殿下は本当に勤勉ですね。それに…エディス様のことをこんなにも大切にしているのが伝わってきますわ」と軽い調子で返す。
ジュリアンはその言葉にさらに少し動揺しつつも、必死に表情を整えながら「もちろん。エディスのためなら、何だってするさ」と言った。
エディスはそんな二人を見つめ、ふと微笑んだ。
ジュリアンの真剣な表情と、カタリナの明るく挑発するような振る舞いが、まるで長年連れ添った夫婦のように見える。
その親密さに、エディスは尊いものを感じ、心が温かくなるのを覚えた。
二人のやりとりが、かつての純愛を超えて、今ではさらに輝きを増したように思えてならなかった。
「なんだか、あなたたち仲がいいわね」エディスがさらりと言うと、ジュリアンは驚き、カタリナは笑い出した。
「エディス様、そんなことないわ。ただ、殿下があまりにも面白いだけですもの」とカタリナは軽やかに返し、ジュリアンは「いや、僕は別に…」と言いかけて、再び気まずそうに口を閉じた。
エディスは微笑みながら、その三者三様の微妙で温かな空気を楽しんでいた。
ジュリアンの平静を装いたい姿も、カタリナの飾らない鋭い視点も、そして自分自身がその中心にいるという事実も、なんだか心地よく思えたのだ。
――――――
エディスが部屋を出た隙をついて、ジュリアンはカタリナの方をちらりと見た。
二人だけになった途端、カタリナは得意げな笑みを浮かべて、すぐにいたずらっぽく声を潜めた。
「殿下、エディス様を独り占めするなんて、ズルいですよ〜」彼女は少し身を乗り出しながら、楽しそうに言った。「なんで調合室なんか用意してるんです?どこかに働きに出てもいいじゃないですか。そうすればもっとたくさんの人が彼女の才能に気付くのに!」
ジュリアンはその言葉に小さく苦笑いし、少し手を振って制した。「そんなことを言うな。エディスはここが一番落ち着くんだ。それに…余計なことは言わないでくれよ、頼むから」
「ふふ、余計なこと?」カタリナはからかうように目を細め、悪戯っぽくジュリアンを見つめた。「私はただの友人としてエディス様の将来を心配しているだけです。ああ、そうだわ、殿下がいらっしゃるからこそエディス様も働きに出られないのかしら?他の誰かに取られないように?」
「違う」ジュリアンは慌てて言葉を繋いだが、その焦りを隠そうと声を落とした。「それは…陰口を言う人もいるんだ。エディスは、その…微妙な立場にいるから、あまり表に出過ぎるとよくないんだよ」
その瞬間、カタリナの目つきが鋭くなった。彼女は笑顔を保ちながらも、その言葉の意味に反応した。「エディス様が微妙な立場…ね」
彼女の脳裏にはエディスのことが強く刻まれていた。
やっぱり早く遺伝子検査をするべきだ。エディス様の将来を考えると、これは避けられない問題だわ…
カタリナは「私の養母ともエディス様はお話したそうですね」と問いかけた。
ジュリアンはカタリナの表情がわずかに変わるのを見て、さらに動揺した。だが、その瞬間、エディスが部屋に戻ってくる足音が聞こえた。
ジュリアンはすぐに態度を正し、いつもの紳士的な微笑を浮かべて椅子に腰掛け直した。「ああ、エディス、ちょうどいいタイミングだ。カタリナが面白い話をしてくれていたんだ」
カタリナもすぐにその場の空気を読み取り、先ほどの険しい雰囲気を一瞬で消し去り、明るい声で続けた。「ええ、ちょっとジュリアン殿下をからかっていたんです。エディス様、もっと私も参加したいです、あの研究のお話、素晴らしいですね!」
エディスは二人の様子を見て、少し不思議そうに首を傾げたが、特に深くは追及せず、にこやかに頷いた。
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