第5話 再会の日
エディスは自宅の調合室で書類を整理しながら、玄関の方で物音がしたのを聞き取った。
カタリナがついに到着した。
10年ぶりの再会を迎えるにあたり、エディスは複雑な気持ちを抱えていた。
今日は公的な会合とはいえ、彼女の心は揺れていた。
「本当に…大丈夫なのか?」ジュリアンはソファに腰を下ろし、何度目かの問いをエディスに向ける。彼は明らかに落ち着かず、今日の予定に対して嫌な予感しか抱いていなかった。
「大丈夫よ。彼女とは公式の場で会うだけだから、昔のことは関係ないわ」エディスは落ち着いた声で言ったが、彼女自身も心のどこかで不安を抱えていた。
カタリナは10年ぶりに帰国して優秀な研究者として多忙を極めていると聞く。
その中でも、薬師であるエディスとの会合が予定に組まれていた。
「分かってるけど…カタリナは昔から余計なことを言うんだ」ジュリアンはため息をつきながら、手を髪に通した。
「あいつはきっと、何か口走るに決まってる…」彼は今日、仕事を休もうかと何度も考えたが、最終的には行かざるを得ないと悟った。
「あなたは仕事に集中して。私は何も心配してないから」エディスは無理やり微笑みを浮かべたが、その目には不安が少し残っていた。
「…分かった。でも、何かあったらすぐ知らせてくれよ」ジュリアンは最後にそう言い残し、しぶしぶ家を後にした。
朝のジュリアンとの会話を思い出していたら、調合室のドアがノックされた。使用人に案内されたカタリナがドアの向こうにいる。
エディスは一瞬深呼吸をしてから、扉を開けた。そこには、笑顔を浮かべたカタリナが立っていた。
「エディス様、本当にお久しぶりです」カタリナは優雅に一礼し、にこやかに言葉を交わした。
「カタリナ様、ようこそ」エディスも笑顔で答え、彼女を自宅の研究室へと案内した。
部屋に入ると、カタリナはあたりを興味深そうに見渡した。
「素敵な研究室ですね、エディス様。やはりここでなら、様々な新しい調合が生まれるのでしょうね」カタリナは好奇心を抑えきれないように、調合机に並んだ薬草や瓶を興味津々に見つめた。
「はい、ここが私の主な仕事場です。今日は、研究の話を中心に進められたらと思いますが…」エディスは淡々と話しながらも、カタリナの興奮した様子に少し驚いていた。
「もちろんです!今日は実際に、エディス様が日々どのような作業をされているのか、ぜひ教えていただけませんか?」カタリナはすぐにエディスの作業に興味を示し、机の上にある植物や薬草を指差した。
エディスは少し戸惑いながらも、彼女に作業の一端を見せ始めた。
カタリナは一つ一つの説明に深くうなずき、真剣な眼差しでエディスの話を聞いていた。
「これは驚くべき技術ですね。エディス様のお仕事は、まさに人々の健康を支えるものだと改めて実感します」カタリナはエディスの調合を手伝うようにそばに立ち、真剣な態度を崩さなかった。
エディスはカタリナの熱心さに少し戸惑いながらも、彼女との会話を楽しみ始めていた。拍子抜けするほど穏やかで楽しい時間が流れ、いつの間にかエディスは昔の気まずさを忘れていた。
「カタリナ様、今日はこのようにお手伝いしていただけるとは思いませんでした」エディスは、ふと和やかな気持ちで笑みを浮かべた。
「エディス様のお仕事を学べる機会なんて、滅多にありませんからね。それに、私も研究者ですから、お互いに学び合えることは多いと思います」カタリナも笑顔を返し、その瞳には知的好奇心が輝いていた。
午後が過ぎ、ふたりはさらに薬草や調合の話題に夢中になっていた。ジュリアンのことや過去の婚約の話題は、一切出てこない。むしろ、カタリナがその話題を避けるかのように、ただ研究の話に集中していた。
エディスは内心ほっとしつつも、どこか違和感を感じていた。カタリナは思ったよりも軽やかで、過去に対して何のわだかまりもないように見えたのだ。
それが逆に、彼女の真意を測りかねる要素となっていた。
「今日は本当に楽しかったです、エディス様」カタリナは再び丁寧に一礼し、帰り際に感謝の言葉を口にした。「また明日、お会いできるのを楽しみにしております」
「こちらこそ、楽しかったわ。明日もカタリナが来るのを待ってるわね」エディスも笑顔で見送りながら、作業中のやりとりを思い返した。
カタリナは少し恥ずかしそうにこう言ったのだ。「エディス様、これからは私のことを『カタリナ』とお呼びくださいませんか?もっと親しみを感じていただけたら嬉しいです」
エディスは少し戸惑いつつも了承した。しかし、カタリナ自身は依然としてエディスを「エディス様」と呼び続けていた。
立場上の礼儀なのか、それとも何か別の理由があるのか、エディスには分からないままだった。
エディスが一人残り、深呼吸をして静かにその場を振り返った。1日目の会合は意外にも楽しく過ごせたが、カタリナの本当の目的が何なのか、まだ全く見えてこない。
それに、今日みたいな日が5日続く予定だ。
カタリナは多忙だろうとエディスは考えていたが、5日間も予定に組まれているのも不思議だった。
まるでカタリナは、予定された時間の中で少しずつ何かを進めようとしているように感じられたが、その意図が何なのかは、今のところ全く掴めていなかった。
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