【第5話】迷い地蔵
〜今日はすこし雨模様ですが、夕方には止むでしょう〜
バーカウンター隅に置かれた端末(B.FOX)からアナウンスが入った。ロギ姉さんはちょっと聞いてみた。
「B.FOX!今日のお客さんはどなた?」
「それはわかりません。
お役に立てなくてすいません」
なるほどAIも予想不可能って事なのか。確かに回線そのものが違うので無理だろうと思った。しかしロギ姉さんには連絡が来ていた。森の人、いや森ではなく「杜」の人らしい。そして3次元とは異なる世界から来るらしい。
「杜の人って素敵だわ」
姉さんは初めて来るお客に大体の目星をつけるため、軽くトランス状態に入っていった。
しばらくすると…
〜薄っすらと二人が、杜の中を歩いているのが見えた〜
何となく修行僧の身なりだ。ぼんやりとしているので詳しくは見えないが仲がよろしい様です。彼らは人間だったのか、それとも人間をしながら、半分肉体から離れているのか、その辺はわからない。柿色の袈裟に似た服を着ているのが見えた。
「面白そうな人たちだわ」
ロギ姉さんはある程度のメニューを用意するため、気付いた事をノートに書いていった。
「久々だわ!近い世界からのお客様」
そう言ってる間にチーママのネイさんが入って来た。
………………………
「姉さん!おはようございます」
「雨上がりましたよ」
「そう言えば生酒が無かったと思います。
チョット下で見て来ますよ!」
「あっそれなら桃源って言うお酒があると思うの!
それお願いしてもいい?」
「は〜い!」
チーママのネイさんは階段を降りていった。ちょうど店主のツロ兄貴がレジのところで帳簿を見ているところだった。
「お酒いつもの!セットでお願いね。あと桃源ってお酒あります?」
「桃源?武陵桃源の事かな?」
〜うちには無いな〜
「ネイさん!桃源はお取り寄せでお持ちします。
あとで持って行きますね」
ネイさんは会釈してお店に戻った。ツロは…
「桃源か〜 今日は珍しいの頼むね」
いつもは純米大吟醸の黒狐と決まっているのに…
「悟りを求めているお客でも来るのか…」
早々に知り合いの酒屋に連絡していた。
3次元空間で修行中の人間はBARクロギツネに来る事が出来ません。途中ではぐらかされてしまうんです。幻影を見せられたり、迷子にさせられたり、気持ちは来て欲しいのですが、構造的に難しい事になっているのです。
チーママがちょうどテーブルを拭いている時にドアが開いた。慎重な面持ちで入口で話している2人が見えた。
「どーぞー お入りになって!」
ロギ姉さんのお決まりのフレーズ。空間が明るくなる瞬間だ。2人はお土産を忘れてしまった事にちょっと気が引けていたようだ。でも杜の中にはお店も何も無いし、強いて言えば自然になってる果物くらいだろう🍎。
「お客様…初めて?」
ロギ姉さんは口髭を蓄えた、お坊さんには見えない男に向かって話しかけた。
「そ、そう…初めてです。」
2人は落ち着かない様子だった。こんなところに来てはいけないんだって言うオーラがかなり出ている。何のご縁でここに来たのか知りたいところだけど、取り敢えず様子見です。
「誰かのご紹介でしたか?」
「…… 」
たぶん誰かの念を辿って来たに違いないが、その辺はいずれ分かることでしょう。ネイさんは奥のテーブル席に座った2人を、カウンターに来るように優しく促した。確かに修行僧が来る場所では無さそうだ。2人は俗世に居た時に結構ヤンチャしていたようにも見受けられた。相当の反省期間を経て今に至ってるなと…ロギ姉さんは見抜いていた。
「とり…あえず…ビールでいいですか?」
「申し訳ない。最初水飲ませてくれるかい?」
髭ズラの男が言った。
「そうそう!水良いね」
もう1人の男が言った。完全にお坊さんになりたくて毛を剃っている感じでは無く、自然に淘汰された、いぶし銀の頭をしていた。
「少々お待ちになって♡」
喉が渇いていたのでしょう。一気にグラスを空にすると、2人同時に、
「とりあえず生(ナマ)!」
お馴染みのフレーズを口を揃えて言った。しばらくして気分も良く会話がはずんでくると、髭ズラの方が聞いてきた。
「日本酒って置いてある?」
チーママは黒孤を出そうとした。その時。絶妙のタイミングでツロがドアを開けて入って来た。
「うわ!デカい」
お客2人がたじろいだ。
「ネイさん!注文の酒ここ置いておきますよ」
筋肉隆々のクロギツネが軽々とお酒を運んで来たら誰だってビックリするでしょう。ツロは早々に伝票を置いて帰って行った。
「ありがとうツロさん♡」
ロギ姉さんはドアを閉めつつ階段の下をしばらく見ていた。
「ちょうど今入荷したばかりの冷えた日本酒があるわ」
手早くお盆に珍味と四合瓶を乗せ、2人の前に出した。
「あっ!コレは…」
髭ズラの男が指さした。
「俺と同じ名前だ」
お酒の瓶に「桃源」って書いてある。まさしく髭さんと同じ名前。ロギ姉さんはわかっていた。〜桃花源記〜武陵桃源〜 いずれも俗世を離れた理想郷を連想させる言葉だ。
「では桃源さんって、お呼びしてもよろしいかしら(^.^♡」
桃源はビックリして、隣の「いぶし銀頭」の顔を見ていた。いぶし銀は下を向いていた。噂通りのママだった。完全に見抜かれている。いぶし銀も既に軍門に下った歩兵の様になっていた。
「じゃあ俺は何て言うか分かる〜?」
いぶし銀頭は甘えるように聞いてみた。
「えっ!ちょっと待ってね♡」
「ノブちゃんでいいかしら?」
「うおー当たった 人間だった時に親に付けてもらった名前ですよ」
「コワイね!何でもわかっちゃうじゃん」
〜ヤバい全部お見通しだ〜2人は隠しても気取っても演技しても無理な事がわかった。一応悟ったわけだ。ちょっと低い悟りですが、諦めの境地って言うのもありかもしれませんよ〜
チーママのネイさんもロギ姉さんも大いに笑った。杜に行った経緯、杜での生活、自分たちは何者か、隠す事は無かった。久々に素直になれた。こんな晴れ晴れした気持ちは何十年ぶりだろう、あゝ嬉しい。
「姉さん!我々のいるところは理の杜って言います。良いことも、そうでない事も沢山あります。本当に求めるモノがわからないんですよ!」
桃源は今の自分を吐露する様に、目の前の日本酒を飲んだ。
「どこにいたって、わからないものはわからないと思います!
桃源さんの様に、求め続けている姿とても素敵だわ♡」
〜桃源は嬉しかった〜
自分がこの道に入ったのも、俗世に嫌気がさしたからだ。両親は早く死んでしまった。兄は仙人になった。自分は今、横にいる信行(シンギョウ)と出会って色々学んでいる。信行は辛い思いをして来た。何とかしてあげたい。はるか彼方にある天竺にはいつになったら行けるのか、そんな事考えてもしょうがない。今日素晴らしい出会いがあった。不思議な出会いだった。このご縁を付けてくれたのは理の杜に迷い込んだバーボンサムだった。
2人が帰ったそのあと、
ふたたび静かに、次元の扉が閉まった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます