【第6話】鬼の涙

酒楽鬼(シュラキ)は彷徨っていた。

あてどもない旅はもう疲れた。今、森の入口付近の切り株で休んでいる。2メートルある身長が小さく見える。



「もういい。疲れた」


「俺の実力じゃ無理だな」




自分なりに分析して生きて来たけど、好き勝手に生きて来た男は、最後は結局鬼になってしまった。ツノは2本クッキリと頭上に生えている。かつてはそこそこの会社の副社長まで登り詰めた男だったが、蓋を開けてみるとハリボテの人生だった事に気付いた。


うわべは適当に言って、はぐらかす事が多い男だったが、何も持ち合わせていなかった。他人のふんどしで勝負するのでは無く、他人のふんどしを盗んで仕事していた感じだった。


他人の言う事には耳をかさず、最後は自ら後始末をする羽目になったようだ。でもまだ死んではいない。なぜか彷徨っているだけだ。霊体が強いので実質「生霊」になっているかもしれない。定期的に大学病院のナースコールの音がしているので、なんとなくそう判断できた。



ロギ姉さんはそのシグナルをキャッチしていた。



「可哀想な人だわ」



その瞬間、次元の扉が開いた。同通が始まった。鬼になってしまった男はこちらに向かっている。何かを求めているけど、本人も今はわからないでしょう。実世界の法則に縛られ過ぎた末路は哀れとしか言いようがない。


体が大きいお客様なので、ツロさんとケドくんにも、少し協力してもらおうかな!



「今日は少し緊張するわ」



それは久々の負のエネルギーだからだ。病院から旅立てば間違いなく魂の反省ゾーンに行くでしょう。それもあまり良い世界では無さそうだし。ゾーンは多少違うけど、裏側の仙人界で再び自分を見つめ直した方がまだマシかもしれない。



〜時計の針は夜の10時を少し過ぎたあたり〜




ヤツが入って来た!




「やってますか?」



低く地を這う様な声だ。



「いらっしゃいませ、

 どーぞー^o^」



いつものロギ♡スマイルでお出迎えだ。


やはりデカい男だった。それだけで他を圧倒する威圧感はあるな。生まれた時から比較される基準が、デカいことだったのでしょう。本人はそれが嫌だったのかもしれない。ロギ姉さんは後で幻影を見せることにした…。



「今日は呼ばれた様な、自分から来た様な…

 不思議な感覚だなあ!まあいいや」


鬼は懐かしい酒の匂いに、久々に心躍っていた。おもむろにタバコに火を付けて吸い始めた。



「タバコ🚬お吸いになるの?」



「習性だね。何か落ち着かなくて」



常に落ち着かない人生だったのだろう。定期的にみせる貧乏揺すりが物語っている。期待されればされるほど、本人の心は不安定になり、何かにすがりたくなる。しかし周りはそう見てくれない。更に期待し、それなりのポストにつける事で一段落する。幼少の頃から柔道でもやってたのでしょう。やればやる程ランキングは上がっていき、自分でもビックリしてたのかもしれません。全てはガタイがいいからでしょうね。



気分良くタバコ吸い終わると、



「冷たいビールありますか?」



意外と物腰の低い言い方だった。しかしこの酒が自分の心の中を覚醒させる起爆剤になっていたとは…



「最高に冷えたキンキンのビールがありますよ」

姉さんは少し誇張して言ってみた!



「おう!それは良いな、最高だ!」


やはり…自分の意識より高い目標が見えると喜ぶ傾向らしい。そして全力で越えるか、潰すかの選択をする種族なのでしょう。鬼はその世界で長らく生きて来た。そして何かに気付いた。そして嫌になったのだろう。強い者が支配する世界ってどうなのだろう?勝つか負けるか、食うか食われるか、支配する者と支配される者…いっときも休む時はない世界。サバンナにいる動物たちのようだ。常に自分より強いものを見て、喰われないように防御し、場合によっては集団で倒しにかかる世界。



鬼はひたすらビールを飲んだ。

すでに小瓶で20本がカラになっている。

まるでミニボトルを飲んでいるみたいだ。

日本酒に続いて芋ロックも飲み始めた。



まずい!

このままだと鬼の悪い面が顕現してしまう。



ロギ姉さんは心の中で酒屋のツロとケドに、普通に入口から入って、そして鬼の隣にそーっと座ってくれるように念じた。



鬼はいい気分でカパカパ飲んでいる。

相当久しぶりなのでしょうね(^。^)

少し目がトロトロしてきたと思ったら

いきなり寝てしまった。




〜小一時間たった〜鬼はゆっくり目を開けた〜



「アレ!ママさん大きくなってないか?」



ロギ姉さんの頭は天井についていた。



「ひえ〜なんだあ〜お前ら!」



両脇には鬼の2倍くらいあるクロギツネがいた。それもすごい筋肉だ。俺の全盛期よりも凄いぞ。まだフラフラしている鬼は目を開けたり閉じたりしていた。



突然、カウンター左のAI端末から


「こらあ〜!クニー!また酒ばっかり飲みおって

 ええ加減にせえや〜少しは勉強せーやー」


威勢のいい女性の声が店内に響いた。

鬼はピクンとしてその端末を覗き込んだ。



「な、なに〜!」



鬼は揺れ動く心の針を修正している様だった。そして正面を向くと、元の大きさに戻ってるママさんがいた。両脇のマッチョなクロギツネも消えて居なくなっていた…。



「かあちゃ〜ん!かあちゃんの声だ!」


鬼は震えるように叫んだ。



ロギ姉さんは鬼の目に涙が溢れるのを見逃さなかった…



「お母さん…お元気なの?」



「ああ〜 1年前に亡くなったよ」



鬼の心が見る見る謙虚に、そして丸くなっていくのを感じた。鬼は母親が歳をとって、最後は小さくなって、それでも自分に一生懸命に注意している姿を思い出していた。


鬼は思いっきり泣いた!

ここぞとばかりに大泣きした。



一階からツロとケドがビックリして上がってきた。



「姉さん大丈夫ですか?」


「私は大丈夫よ(^.^)」



〜それより〜 


姉さんは優しいまなざしで鬼を見ていた。

まるでわが子を見るように…鬼はまだ泣いていた。飲んだ分だけ涙が出ているようだった。鬼の目から溢れる涙は大きかった。そして光っていた。反省が進んだのかもしれない!



姉さんはAI端末に向かって念じた。



〜懐かしい曲が流れて来た〜


〜昭和の唄だったかもしれない〜

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